妖魔のお気に入り 「うわぁッ!」 まだ目も覚めやらぬ京の都。 その朝靄が立ち込める奥屋敷の一角に、若い男の叫び声が響き渡った。 「何事ですか!?」 ドタバタと廊下を走り、警護の者が集まってくる。 サスケは誰かに見られる前に自分の身体を押し倒すように乗っている妖魔を引き剥がそうと躍起になって暴れた。 陰陽師十七代目当主『うちはサスケ』として…妖魔に寝込みを襲われるなど恥以外のなにものでも無い。 「どけよ…さっさと退けって!」 「やぁーだもん」 「やだもんじゃねぇッ!」 透きとおる白い肌に薄紅の長い髪。 つい最近カカシが連れて帰ってきた妖魔だ。 名は… 「サクラッ!」 質量はさほど感じなかったが『ヒト』のそれとかわりない感触にサスケは顔を赤くしつつも精一杯押し退けようと頑張った。 「サスケくんのケチ。少しぐらい分けてくれてもいいじゃない」 「お前のエサはカカシだろ?」 「だってぇー。サスケくんの方がイイ匂いがするし。食べてみたいの!」 「却下だッ」 妖魔は人間の生気を糧とする。 生気とは身体エネルギーのことで、カカシが『食事』と称してサクラに分け与えている『チャクラ』とは厳密には違う。 チャクラは身体エネルギーに精神エネルギーを混ぜ合わせたもののことをいい陰陽師として妖魔を滅する力の元がこれにあたるのだが、当然普通の人間の生気よりもチャクラの方が妖魔にとって質のよい食事といえる。 精神エネルギーを織り混ぜることにより個人によってチャクラの量や質が異なることはサスケも物心つく前から理解していたが…妖魔に真面目な顔で「イイ匂いがする」と言われ、流石に少し引いてしまった。 「サスケ様…?」 滑りの良い障子の戸を勢いにまかせて開け放ち、警護の者が押し寄せ来た。が、しかし。 まだ年若い主が寝巻きをはだけさせて女を上に乗せている姿を目の当たりにして…赤面した彼らは再び慌てて障子を閉めた。 「申し訳ありません!」 そう言い残してあたふたと気配が消える。 サスケは訳がわからずにいるサクラを押しのけて、大きな…そして深い溜息を吐いた。 「ウスラトンカチどもがッ…人間と妖魔の区別もつかんとはな!」 サクラはとてもがっかりしていた。 いつもならサスケの警護の者が現れるより先にカカシが来て自分とサスケを引き剥がすのに…何故今日は現れないのだろうと首を捻る。 そういう仕草は妖魔らしからぬもので彼女の魅力を最大限に引き出していたが当の本人は全く気付いていない。 早々にサスケの部屋を追い出されたサクラはふわりふわりと漂うように庭を横切った。 「…今日はちょっと早すぎたかしら?」 朝が弱い彼のことを思い、サクラは拗ねたように一人ごちる。 本来ならサクラは本体ともいえる桜の木から離れることは出来ないのだが…カカシから与えられる『食事』によってほぼまる一日は自由に動くことが出来た。 しかしそれ以上は『サクラ』という個体の存続に影響がでる。 そのためサクラは人間の…というよりはカカシの生活のサイクルに合わせて夜間は桜の木に戻るようにしているのだ。 カカシの起きそうな時間を狙ってサスケの元へ行く。 そうすば彼は慌てて自分を迎えに来てくれるから。 それが何故か…とても心地良いから…… サクラはカカシの部屋へと向かいながら彼を起こすための色々な方法を考える。 傍目にはとても嬉しそうな、そんな表情で。 ………来た。 カカシは僅かな気配でもそれがサクラだと気付く。 今日もいつものように坊ちゃん(サスケのことだ)の所へ先に現れたに違いない。 サクラに抱きつかれてイイ思いをしたであろう彼を小突きたい衝動に駆られるが今は我慢だとカカシは自分に言い聞かせた。 捕縛した妖魔は全て当主に報告の義務がある。 特に使鬼とした妖魔は他の陰陽師仲間に間違って滅されないよう『印』をつけないといけないからだ。 印をつけることは妖魔を拘束する意味合いもあるのだが…そこで初めてサスケと顔を合わせたサクラは明らかに彼に興味を示していた。 嫌な…予感がしたんだ。 その予感は外れることなく今に至っている。 カカシの部屋の前でぴたりと気配が止まった。 上手くいけばいいんだけど。 「カカシ、まだ寝てるの?もう朝だよ!」 勢いよく戸が開くその直前に、カカシは素早く隣の裸体を引き寄せた。 「…だれ?」 カカシの腕の中に女の子がいる。 それもハダカの。 サクラは自分の声がすっと低くなったことに気付かないままその場に立ち尽くした。 「さて、誰だったかな?」 彼の長い指が、まだこの状況下で眠りこけている彼女の金髪をゆっくりと梳いた。 ふつふつと沸き起こる怒りの理由が分からないまま、サクラは唇を噛み締める。 彼女の豊満な胸がカカシに押し付けられているのが捲れた布団からよく見えた。 それがわざとなのだということにサクラが気付くはずもなく、サクラはただどうしようもない苛立ちを拳に乗せてカカシに襲い掛かった。 「ちょ…ちょっと待て、サクラ!」 まさかいきなり殴りかかられると思わなかったカカシは急いで上体を起こし身を捻った。 さっきまで自分の頭があった場所はサクラの拳により深々と陥没している。 どうやらサクラの妖力は『瞳』だけではなかったらしい。 大した馬鹿力だ。 カカシが身を起こすことにより必然的に彼の腕の中にいた真っ裸の女の子はころりと仰向けに転がって…そして、やっと目を覚ました。 ぼうっとした視線が彷徨った挙句カカシを捕らえ、何を思ったのか彼女は自分の豊かな胸を鷲掴みにする。 「ほら見ろってば!賭けはオレの勝だな。寝てる間もずっと変化できたじゃん」 金髪の美少女は見た目に反して残念なぐらい口が悪かった。 それに声も少し低い。 サクラが驚きのあまり彼女を凝視していると、彼女もサクラに気が付いた。 「…カカシ。この子、誰?モロ好みなんだけど」 耳まで赤くした裸の美少女。が、サクラが瞬きした一瞬の間に服を着た男に変化する。 厳密には…耳と尻尾の生えた男。 見た目はサクラとほぼ同じ年に見えるが妖魔であるならば見た目の年齢など関係ないに等しい。 実際、彼の尻尾は九本もあり…妖狐の中でも古参なのは間違いなかった。 生まれたばかりの自分とは格が違いすぎる。 彼から放たれる『気』に身を堅くしてぺたりと座り込んだサクラに素早く妖狐が擦り寄った。 「触るな!ナルト」 すぐさまその首根っこを捕まえて引き剥がしたカカシは計画が全て失敗したことを自覚せねばならなかった。 毎朝、毎朝…割が合わないと思ったのだ。 自分だけが彼女のことを追いかけてやきもちを焼くことに。 まぁ…実際惚れているのは自分の方なのだからしょうがないと言えばそれまでなんだけど、でもねぇ? ちょっとぐらいはさ…ほら、オレのこと気にする素振りを見せて欲しいっていうか、何ていうか…。 しかし上手くいくと思えた方法は、今や可愛いサクラに余計な虫を一匹増やしただけに終わっていた。 「離れろ、ナルト。それ以上サクラに触ったら問答無用で水晶の珠に閉じ込めてやるからな」 再びサクラに近寄ろうとしているナルトに素早く釘を刺す。 「えー…何でだってばよ?」 「サクラはオレのだから!」 屋敷に囲われている使鬼は二十体ほどいる。 その中でも『ナルト』は最も力の強い妖魔で…そしてサスケの使鬼だ。 サクラの方もさすがに格の違いがわかるのか身を硬くしてこちらの様子を窺っていた。 「はいはい、お前は出ていってね。オレは今からサクラに食事させてあげないといけないし…それに坊ちゃんももう起きてるデショ。朝稽古の時間じゃないの?」 カカシはわざとらしく目覚まし時計に目を向けて、開けっ放しの戸から廊下へと蹴り出すようにナルトを追いやった。 「ひでぇじゃん!元はといえばカカシが誘ったくせにッ」 寝ている間もずっと変化できるかどうかという賭けを持ちかけた。 うん。 良い方法だと思ったんだよ? 何故か女体に変化するときは裸というナルトの変な思い込みを利用してサクラにやきもちを焼かせようという目論見だったのに。 「坊ちゃんによろしく」 そして目の前でぴしゃりと障子を閉めてからカカシはサクラに振り返る。 「お腹減った?」 「…」 問いかけてもサクラは顔を上げない。 俯いたまま…泣いているようにも見えた。 「…サクラ?」 「……るい」 「ん?」 「気分が悪い」 耳を近づけないと聞き取れないほどの小さな声でサクラが呟く。 カカシは慌ててサクラの額に手を伸ばした。が、その手はすぐに宙で叩き落とされた。 「さわらないでよ」 「ご飯は…」 「いらない!サスケにもらった」 サクラの剣幕に押されて一度は手を引っ込めたカカシだが、サスケの名を出されてカッと血が上る。 押さえられない衝動がカカシの行動を促した。 「痛ッ」 布団の上に組み敷かれたサクラが思わず声を漏らす。 彼女の頭の上で押さえる両手首は片手で事足りる。 カカシは空いた右手を滑らせて帯を緩めるとはだけた着物の隙間から見える小ぶりな、でも形のよい胸に唇を寄せた。 尖った先端を口に含めばびくんとサクラの身体がしなる。 「な…なに…?」 生まれたばかりの可愛いサクラ。 されてることの意味なんて知らないに決まっている。 それでもカカシはサクラの両手を押さえつけている力を緩める気にはなれなかった。 「や…だ!」 助けを求めるように開かれた口の、その下唇に噛み付く。 赤く熟れたさくらんぼのようにふくよかな唇。 甘い香りさえ漂ってきそうなソレでサスケを求めたというの? カカシはサスケの存在を消し去るように唇で…指で、サクラの全てをなぞった。 「サクラの主はオレなの。オレ以外から『食事』をもらうことは許さない」 こんな方法、間違ってるってわかってる。 それでもカカシは止めようとは思わなかった。 頭がクラクラする。 身体のあちらこちらも痛い。 サクラは雁字搦めに纏わり付くカカシの腕から逃れようともがいた。 「こんなのいつものカカシじゃない」 「じゃあ…いつものオレってどんなの?」 眠っていると思われたカカシから返事が返ってきてサクラは慌てて口を噤んだ。 いつもの『彼』とは…… 仕事の腕は超一流。でも何事にも興味が薄くて飄々としてる、そんな感じ。 なのに私のことにだけは無条件で慌てるのだ。 それがとても心地良くて…毎朝、真っ直ぐサスケの部屋に乗り込むのもそのためだった。 確かにサスケはサクラを惹きつける匂いを無造作に垂れ流してはいたが、だからといって本気で彼から食事をもらうことなど考えたことは無い。 「…サクラ?」 カカシが私の名前を呼ぶ。 私の真実の名だ。 使鬼となるにあたってこの名は屋敷に住む誰もが口に出来るよう契約を交わした。 でも私を束縛できるのはやはりカカシだけなのだ。 サスケに名を呼ばれたときには全く感じなかった自分を甘やかに包み込む空気にサクラはうっとりと目を閉じた。 「サクラ!」 返事の無いことに慌てたのか語尾を強めたカカシにサクラは甘えた声で強請る。 「もっと…名前を呼んでよ」 「サクラ?」 いつものように優しい声で名前を呼んで。 そうすれば……… 「サクラ…」 耳元でカカシの掠れた声がする。 くすぐったくて身を捩ればさらにカカシの腕はきつく絡んだ。 逃げるな、と彼は言う。 「やぁ…」 「サクラが悪いんだ。坊ちゃんなんかに構うから。……サクラの主はオレなのに」 呼吸が出来ないほどに抱きしめられて思わず目を開ければ至近距離でカカシと視線が合う。 自分を捕らえ、真名を奪った色違いの瞳。 サクラはその中に強気な言葉とは裏腹の、揺れ動く影を見つけた。 それが何故か心の奥をぎゅっと締め付けて…甘えたように擦り寄ってくるカカシの頬に自らのそれを重ねた。 感じるのは…朝、カカシがサスケの部屋へ私を迎えに来る時と同じ気持ち。 幸せな気持ち、だ。 「…おなか、減っちゃった」 「サスケにもらったんじゃなかったの?」 「嘘だもん」 「…どうしてそんな嘘を…」 「カカシが馬鹿だから」 にべもなくそう言い放ち、サクラはつんと顎を反らした。 カカシは複雑な顔でこっちを見ているがそのうちきっと謝罪の言葉を口にするだろう。 そしていつも通りの一日が始まるのだ。 ……二時間遅れだけど。 きっちりと閉じられた障子は外の様子を写しはしないが明るさは存分に伝えている。 その眩しさにカカシは目を伏せた。 考えに考えた挙句、サクラがサスケに構うのはどうやら自分の気を引きたいためだと結論に達し頬が緩む。 そうと分かれば年長者の自分が頭を下げることなど至極簡単なことで。 カカシはそうするべくゆっくりと口を開いた。 「ゴメンね、サクラ。機嫌直してくれる?」 しかし…さっさと食事を済ませて外へと望むサクラをよそに、カカシがあわよくばこのまま今日一日を布団の中で過ごそうと目論んでいたことは秘密だ。 どうだろう…? 最初に考えていた話と全然違う代物になってしまったよ(笑) 2009.09.23 まゆ |