妖魔と捕縛師 「今年は花をつけたのか」 カカシは幹に手を掛け、垂れ下がる枝に満開の桜を見上げた。 毎年というわけではないが桜が満開のこの季節に花見のために訪れる、秘密の場所。 数ある桜の中でもひと際目立つこの枝垂れ桜は樹齢三百年の大木だったが…花を付けなくなって久しいはず。 それが急に満開とは…どこか魔術めいた作為が見受けられる。 「んー…確かに気配は感じるんだけど」 しかし、それはあまりにも微弱すぎて。 カカシが出所を探ろうと集中するも…まるで上手くいかなかった。 「ま、いいか。依頼で来たんじゃないし」 眉間のシワをふっと緩めて…カカシは手にしていた酒瓶の栓を引っこ抜く。 今夜は桜を肴に飲みにきただけ。 害が無いなら余計な世話は焼くまいと木の根元に座り込み冷酒を煽った。 月は丸く淡い光を放っている。 浮かび上がる薄紅の花は時折の風にはらはらと花弁を落とした。 「綺麗だね」 「ありがとう」 誰に告げるわけでもなく呟けば…返るはずの無い返事が返ってきた。 カカシは彼の特殊な左目で次第に色濃くなってきた妖気を辿りながらゆっくりと立ち上がった。 「アナタも綺麗な瞳をしてるわ」 「そりゃどうも」 大きなシャボン玉がぷちんと弾ける様な音がして…カカシの目の前に一匹の…いや、一人と言うべきか…妖魔が姿を現した。 「それに…とても美味しそう」 にっこりと微笑みながらそんなことを言われても、ねぇ? カカシは苦笑いを浮かべながら右手でズボンのポケットを探った。 指先に触れる、冷たい感触。 直径三センチほどの水晶の珠はカカシの大事な商売道具だ。 それを握り締めた状態で…カカシは目の前に現れた妖魔をゆっくり観察し始めた。 人型を取っていることからすでに人間を摂取していることは間違いない。 桜の花を集めたような薄紅色の髪は長く腰の辺りで揺れている。 一般的に妖魔の髪の長さはそのまま妖力に比例すると言われるが…先ほどの妖気の隠し方といい、侮れない相手だとカカシは判断した。 それにしても…… 「美人さんだ」 紅をさしたような艶やかな唇。 宝玉と称される翡翠の瞳。 傷一つ無い陶器を思わせる白い肌は甘美な曲線を描いている。 「妖魔でなければ口説き落とすのに」 「…口説く?」 小首を傾げた妖魔を前にカカシは一歩前に踏み出した。 「妖魔ってヤツは一度でも人を喰っちゃうと歯止めが効かないらしくてね。その快楽に溺れて際限なく人を殺める。だから…オレ達みたいな拝み屋が存在するんだよ」 「?」 「キミ…人を喰っちゃったデショ」 一段低くなったカカシの声に、妖魔は眉をひそめた。 食べても良いと言われたのだ。 全てを差し出すから代わりに花をつけてくれ、と…満開の私が見たいと… あの老人の切なる願いから自分は生まれ、そして願いを叶えたに過ぎない。 責められる謂れは無かった。 「理由はどうあれ駄目なモンは駄目なの」 妖魔の不服そうな表情を読み取ってカカシは苦笑した。 こんなに人に近い感情を持つ妖魔は珍しい。 カカシが知っている中では一匹…九尾の狐、ナルトだけだ。 「現にキミはオレを見て美味しそうだって言ったろ?」 「…お腹、減っちゃったんだもん」 老人から吸い上げた精気の大半は花を咲かせることに使ってしまった。 せっかく生まれたのにこのままでは消滅するのも時間の問題。 こんな人里離れた山奥に人が現れることはほとんど無いため、ふらりと現れたこの男は自分にとって是非とも捕らえなければならない獲物だった。 「こっち…来て」 翡翠の瞳が徐々に金色に色を変え…取り込むようにカカシを映し出していた。 「まさか、そんな…魅了眼?!」 カカシの意思に反して足が動く。 差し伸べられた手が頬に触れ…宙に浮いている彼女をしっかり見るように両手で包み込まれた。 「いただきます」 近づいてくる妖魔の唇。 それでもカカシはぴくりとも動けなかった。 むしろ…その瞬間を待っている。 彼女が自分を取り込み、そして彼女の一部になることが至上の喜びに感じて…… 「きゃっ」 カカシが完全に意識を手放しかけた時、突然妖魔の呪縛が解けた。 「生まれたはかりの小娘相手に何やってんだ、カカシ!」 「ぱっくん!…助かった」 見れば、カカシの使役している犬のうちの一匹、『ぱっくん』が妖魔の服のすそに噛み付きぶら下がっている。 「やだ、なにコイツ…放しなさいよ!」 必死で振りほどこうとしている彼女に先ほどまでの妖力の欠片も見受けられない。 カカシの目の前に居るのはただの……美しい女。 「お、おい!カカシ?!」 ぱっくんの慌てた声をどこか遠くで聞きながら、カカシは地上から五十センチほどの位置に浮いている彼女をそっと抱き寄せた。 「何する気だ?!」 「ちょっと!」 ぱっくんと妖魔の声が重なる。 それでもカカシはその手を放さなかった。 花弁を敷き詰めた絨毯の様な地面に組み敷き、彼女がしようとしていたこと…つまり、唇に唇を重ねた。 吸い取られるとは逆に送り込む。 カカシは自分達『拝み屋』が妖魔と対峙する時に使う力…『チャクラ』を微量与えながら口腔内を蹂躙すると同時に写輪眼を発動させた。 「ん…っく」 余すところなく舌を這わせた後、ゆっくり顔を離せば溢れ出る唾液が糸を引く。 それを袖で拭って…カカシは組み敷いた妖魔の瞳を覗き込んだ。 「ど?おいしい?」 「…オイシイ……もっと…」 「うん。でもその前に…『サクラ』ちゃん」 とろんとしていた妖魔の瞳が正気を取り戻す。 「キミの名前は『サクラ』だ。そうデショ?」 「どうして…それを…」 「これこれ」 そう言ってカカシが指差したのは写輪眼と呼ばれる左目。 瞳術が操れる、特殊な目…これを使って妖魔の真名を読み取り妖力を押さえ込んで水晶の珠に捕縛するというのがカカシのやり方だ。 「取引しないか?サクラ」 「…」 「オレの使鬼になれ」 「イヤよ!」 「どうして?サクラには良いことばかりじゃないか。使鬼になれば珠に閉じ込めないし、おまけに『食事』もさせてやる」 「…食事…」 「そ。オレの『チャクラ』おいしかっただろ?どうしても嫌ならこのままずっと死んじゃうまで珠の中だ」 ポケットから取り出した水晶の珠をこれ見よがしにサクラの目前にかざす。 サクラは自分が逆さまに映る球体から瞳を逸らして唇を咬んだ。 真名を取られた時点でサクラに勝ち目は無いのは明白。 選択の余地は残させていない。 しかし、妖魔として生まれたばかりの自分は使鬼として利用価値があるとはサクラには到底思えなかった。 自分のことを蔑むのとは違う。 自分より妖力の強い妖魔は五万と居ることをわかっているからこそ、だ。 だから使鬼にと望むカカシの意図が不可解で答えに困る。 「サクラは自分のことをよく知らないのね」 サクラの複雑な表情を読み取ってカカシは笑みを浮かべた。 幼少から拝み屋としてこの世界で生きてきたカカシだが、妖魔に『捕らわれる』経験は今回が初めてだ。 それほどまで彼女の『魅了眼』の力は桁外れなのだ。 彼女に見つめられればどんな妖魔でも膝を付くに違いない。 「キミはオレにとって十分な戦力になるよ。だから…ほら、おいで」 サクラの身体から離れて立ち上がる。 カカシが手を差し伸べれば…サクラはおずおずとその手を取った。 「じゃ、契約成立だな」 こくりと小さく頷いた華奢な身体を抱きしめる。 サクラはカカシのチャクラを求めて顔を挙げ…… 「ホント、いいものみつけちゃった」 カカシの呟きはサクラの唇に塞がれて、彼女の中に飲み込まれた。 「一つ忠告しておくが…そいつは人使いが荒いぞ」 その様子を見ていた『ぱっくん』とこ、カカシの使役犬は盛大な溜息を持って自分の後輩となる『サクラ』を受け入れた。 カカシはサクラにエロいことをいっぱい教えればいいと思う。うん。 2008.05.05 まゆ 2009.06.21 改訂 まゆ |