この世の果て 1





ジゴロ。

5年程前から、オレはそう呼ばれる生活をしている。
何もかもが嫌になり・・・全てを捨てた。
後悔はない。
意外とこういう生活がオレには合っている様だ。




世間一般の人々が仕事を終えて家路につく頃、カカシはいつものようにまだ開店前の店へと紅を送った。
その帰り道・・・明日の朝のパンがきれていたことを思い出す。
まだスーパーには十分間に合う時間ではあったが、なんとなく遠回りする気分ではなくて・・・・道すがら、コンビニで買うことに決めた。
もうすでに、今いる場所から目と鼻の先にコンビニの明るい光が見えている。

駅と歓楽街を結ぶ道にあるこのコンビニは、夕方ともなると中高生たむろしていてカカシのような大人には入りづらかった。
   ナニやってんのかねぇ・・・
しゃがみ込んでいる子供達にぶつからないよう気を付けながら、カカシは店内に入る・・・

食パンとヨーグルトを2つ買って店を出ると、さっきまで誰もいなかった真正面のガードレールに、まだ幼さの残る面立ちの少女が二人寄りかかっていた。
一人は長い金髪で、もう一人は淡いピンクという珍しい色の髪を肩の辺りで切りそろえている・・・・二人ともタイプは違うが目を引く可愛さだった。
   うわ、かわいー。
歳が一回り以上離れていると思われる少女達はカカシの恋愛対象ではなかったが、可愛いものは可愛い・・・
   特に、ピンクの子。
   10年後ぐらいにもう一度会ってみたいなぁ。
   今はまだ、ね。

じっと見ていたカカシの視線に金髪の少女が気付き、ピンクの髪の少女のわき腹を肘で突付く。
「あいつ、さっきからこっち見てんだけど・・・サクラ、知り合い?」
俯いていたピンクの髪の少女がカカシへと視線を上げる。
一瞬・・・視線が絡んだかと思うと、それは少女の肩を叩く男によってすぐに逸らされてしまった。
どこにでもいる40前半のサラリーマン風の男は少女の肩に手をかけたまま、空いている手の指を2本見せる。
「冗談でしょう?」
・・・たったそれぐらいで。、と続けられる言葉に男は指を一本増やした。
   んー・・・最低ラインだけど・・・。
ちらり、と男の顔を見やると男はさらに指を足して・・・合計4本になった指にサクラがやっと頷く。
「いいわ。前金だからね?」
サクラはガードレールに持たれかかっていた腰をあげると、男に小さな手の平を差し出した。
その上にお札が4枚のせられると、サクラは素早く制服のポケットにねじ込み、男の腕に自分のそれを絡める。
   いの、お先に・・・
サクラが振り向いて瞳で別れを告げると、いのは小さく両手を振ってくれた。
   さて、っと。
   さっさと終わらそう・・・タイプじゃないし。
暗くなってきた空に怪しく光るネオンの明かり・・・・ここは昼も夜もない、眠らない街。
サクラは迷わずそちらへ、歓楽街の方へ消えていく。

   ふーん?援交、かぁ・・・・
   いまどきの子だねぇ。
一部始終を見ていたカカシは、少女の後姿を見送り、肩をすくめると歓楽街を背に家へと歩き出した。




紅は高級クラブのホステスとして働いていた。

「カカシ、夕刊きてる?」
「あぁ、そこのソファーの上。」

紅は無造作に置かれた新聞を拾いげると、経済欄から目を通す。
不況といわれるこのご時世に大枚をはたいて飲みに来るような人達・・・政治家や弁護士、医者などを相手にしている為、紅は出勤前には必ず新聞、ニュースにはチェックを入れることにしている。
ハイソサエティな人々というのは、自分達の話をある程度理解できて、でしゃばらず、甘え上手な女がお好みらしい・・・
三流のゴシップばかりの会話では、店でトップの指名を受けることは出来ない。

紅はホステスという仕事にプライドを持ってるし、実際、彼女はそれだけの努力をしている。
カカシは紅のこういう所がとても気に入っていた。

一通り目を通した後、コンパクトを開け夕食で取れかかった口紅を直している紅に、皿を洗い終えたカカシが声をかける。
「もうそろそろ出勤時間だよ?紅。」



紅を店まで送った帰り道、昨日のコンビニの前で何気なくそちらを見てしまった。
   あ・・・今日も居る。
後姿だが、人目を引くピンク色の髪は一度見れば忘れられない。
   それに、あの制服・・・。
   確か・・・聖カタリーナ女学院のヤツだよなぁ?
少女が着ていたのは、この辺りではかなり有名なミッションスクールのものだ。
小学校から大学まである完全エスカレーター式の学校で、学費もかなり高いと聞いている。
   ってことはー、あの子わりとお嬢様なわけだ・・・
そんなことを考えながらその場を通り過ぎようとした時、少女の怒りを含んだ叫びに近い声が響いた。
「ちょっと!!離してよっっ」
カカシが反射的に振り向くと、一人の男が引きずるように少女の手首を掴んでいる。
今日はまだコンビニの周りにたむろしている中高生はほとんど居らず、道行く人々も見てみぬ振りで・・・助ける者はいそうにない。
カカシは『チッ』と舌打ちすると、声のする方へ駆け出した。

サクラをコンビニと隣のビルの隙間に押し込むと、男は逃げられないように壁に片手を付き、残りの手の指を全て広げてサクラの顔の前に突き出した。
「な、これだけ出すから・・・いいだろう?」
「嫌よ!!最初の時に言ったでしょ?1回こっきりだって。私、同じ人とはしない主義なの!」
「下手に出れば・・・!」
きっぱりとしたサクラの態度に逆上し、男は暴力に訴えようと顔の前で広げていた手でこぶしを作ると振り上げる。
サクラは眼も閉じず男をじっと見て、ただ次に来るだろう衝撃に耐えるために歯を食いしばった。
もとより、誰かが助けてくれるなんて思っていない。
   ホント、大人ってヤになる。
   なんでこう、やることがみんな一緒なのよ?・・・・
   力任せに殴れば言うことを聞くと思ってるんだわ。
サクラは、諦めに似た感想を心の中で呟きながらじっと待つ。
しかし、振り下ろされたこぶしはサクラに届かず、黒い影が交差したかと思うと一瞬にしてサクラの目の前の男は別人に変わっていた。
暗く狭い路地で銀色の髪が浮き上がって見える。
「痛っっ・・・」
転がってうめき声をあげているのは、サクラを殴ろうとしていた男だ。
「き、貴様!何しやがった・・・」
カカシは右肩を押えて地面にうずくまっている男へウザそうに答える。
「・・・肩、外しただけだよ。ごめんね?この子の今日の相手は、オレなの。」
カカシは、『じゃあ、ね』と声をかけると男を力任せに明るい通りへと蹴り出した。

サクラは、銀色の髪の男の背中をまじまじと見つめていた。
   助けて・・・くれる人がいるなんて。
他人には興味を示さない・・・特に面倒なことは避けて通るのが当たり前なこの街で、こういうふうに助けてもらえるのは稀な出来事だということがサクラには十分に解っていた。
『援交』なんてやってると絡まれることは珍しくなく、絡まれると大体結果は決まっているし、助けてくれる人がいてもそれは必ず友達だった。
   助けた代わりにヤラせろって言うんじゃないでしょうね?
   でも、あのオジサンよりはマシかなぁ?
サクラは、助けてもらってもそういうふうにしか考えられなくなっている自分に口元を歪める。
「・・・ありがとう。」
サクラは銀色の髪の背中へ声をかけた。
「どういたしまして。」
振り向きもしない男はパンパンと両手を払うと、そのまま通りの方へ出て行こうとしている。
   え?
これには正直サクラの方が混乱した。
   なんで何も言わないのー?
   こういう時って助けた代償とか求めてくるもんじゃない?!
「えっ・・あ、あのう・・?」
躊躇いがちにかけられた少女の声にカカシは『何?』という表情で振り向いた。
細身で背の高い銀色の髪の男は、意外にも整った顔をしていて・・・サクラは男の左右で色の違う瞳を吸い込まれるように見つめた。
   どこかで会った?
「何かな?」
サクラはぼう、っとしていたらしく、低く良く通る声にあせる。
「あ・・あの・・さっき、今日の・・相手って・・・・」
「あぁ、あれは言葉のアヤだよ。オレ、金持ってそうに見える?」
Tシャツにインディコブルーのジーンズ、履きつぶしのスニーカー・・・
歳はいくつなのかは解らないが、お金は持ってそうにない・・・・っていうか、まともに仕事をしてそうに見えない・・・・
サクラは正直にブンブンと首を横に振った。
「デショ?じゃあ、気をつけてね。」
少女のかわいらしい仕草にカカシは口元に笑みを浮かべていたが、それだけ言うとそのまま駅の方へと足を向けた。

サクラは明るい通りまで出て、カカシの猫背な背中を呆然と見送っていた。
「サークラ、なに見てんのぉ?」
駆けて来たいのがそのままの勢いでサクラの背後から飛びつく。それから、足元に蹲って気を失っているであろう男に気付き、視線を移した。
「どうしたの、コレ。」
「あ、うん。絡まれてたの。」
「・・・で?」
「・・・知らない人が助けてくれた・・・・」
「へー、珍しいこともあるものね?まっ、ラッキーじゃない。」
いのは蹲っている男に一度蹴りを入れると、いつものようにガードレールにもたれ掛かりマスカラを付け始める。
暫くしても動かないサクラに、いのは鏡から顔を上げると『どうしたの?』と尋ねた。
「・・・ごめん、いの。今日は気分がのらないから帰るね。」
サクラはそれだけ言うと、いのの返事も聞かず、駅へ向かって走り出した。
   今ならまだそんなに遠くへ行ってないし・・・
   すぐ、見つかるよね?
   
   銀の髪の・・・・アノヒト。






to be continue...








2001.12.31
まゆ