特別になる、瞬間




7班の今日の任務は…相変わらずの草むしり。
場所は木の葉の里の外れで、住民の大部分が60歳以上という高齢な農業地域だ。
高齢者ばかりなのには幾つかの理由があるが…
一番の理由は『九尾』。
そう、ここはあの忌まわしい12年前の出来事が始まった、場所。
木の葉の里でも最も被害の大きかった場所なのだ。
いくら任務とはいえ…ナルトを此処に連れてきたくはなかった。
嫌な予感が拭いきれず、カカシは眉間にしわを寄せた。





目前に広がる広い畑に下忍の3人は顔をしかめる。

「…カカシ先生、ココ全部?!」

桃色の髪の少女は、仕事をはじめる前からげんなりした表情で上司である自分を振り返り尋ねた。
長い髪がふわりと風に舞い、甘い香りが鼻先をかすめる。

「任務なんだから、しょうがないデショ」

…ホント、しょうがない。
胃がきりきりと痛むのを隠すようにカカシは少女の頭に手を乗せるとそのまま指を絡ませて髪を梳いた。

「嫌だぁ、セクハラ!!」

ほとんど無意識の行動だったが…された当人は頬を膨らまして怒ってる。
ごめんごめんと慌てて手をのけてカカシは苦笑した。
生徒を受け持つのは初めてだ。
ましてやこんなに年の離れた『女の子』に接することなど一生無いと思っていたのだが。
初めの頃こそ戸惑ったものの…サクラは今ではしっかりカカシの中で癒し系の地位を築いていた。

純粋に…かわいいな、と思う。
広すぎると本人は気にしている額も、大きな翡翠の瞳も、長い桃色の髪も、すらりと伸びた手足も…全て。
もう五年もすれば里中の男が競って手を差し伸べるだろう。
それがとても楽しみだとカカシは心からそう思っていた。 





カカシ先生が今日の依頼人から説明を受ける為、場を離れてしばらくすると、何やら不快な視線が三人に纏わり付くようになった。
正確に言えば、そのほとんどはナルトに向けられてていたのだが。
ナルトも気が付いているらしく、普段の陽気さはなかった。
サスケもただ、視線の先をけん制するように睨んでいる。

「先生、早く来てくれないかしら…。何してんのよ、もう!」

場の雰囲気に絶えられなくなってきたサクラがカカシ呼びに行こうかと思い始めた時、やっといつもの青みががった灰色の頭が見えてきた。
…途端にあの嫌な視線が不意に消える。
本当に嫌な感じだ。
三人のもとに帰ってきたカカシはそれぞれの分担を簡単に説明する。

「じゃぁ、サクラとサスケが東側な。ナルトはオレと西の方やるから」
「?」

三人の聞き間違えでなければ…

「カカシ先生、手伝ってくれるの?」
「ん、…あぁ。たまにはイイでショ。今日はイチャパラの発売日だし、早く帰りたいんだよねぇ」

サクラはカカシが口ではそう言いながら、さっきまでサスケが睨んでいた先を一瞬、真剣な表情で見たのを見逃さなかった。
何も言わないけれど、さっきまで此処にあったことを解ってくれているようだった。
こういう所はやはり『先生』なのだと安心する。

「そうだな、今一時だから…四時には終わるだろ?終わり次第この場所に集合な」
「「「了解」」」










もうすぐ四時になる。

「ふぅ。…ねぇ、サスケくん。こっち終わったよ。そっちはどう?手伝おうか?」
「いや。もう終わる」

少し離れたところから返ってきた返事にサクラはぺたんとその場に座り込んだ。
サスケくんと二人きりで草抜き!…って思ってたのに。
サスケの提案でカカシ先生に割り振られた東側の畑を更に二人で分けた為、実際二人の距離は肩を並べて、というには離れすぎていた。

「がっかりよねー。あーあぁ、手も傷だらけだわ…」

草で切れたらしい傷の幾つかは血が滲んでいた。
洗って消毒した方が良いだろう。

「ヒドイな」

いつのまにか側に来ていたサスケは一言だけそう言うと、サクラが草抜きに使用していた熊手を取りスタスタと歩いていく。

「サ、サスケくん!」

置いていかれないように急いで立ち上がると、サスケは首だけで振り返る。

「ついてこなくていい。熊手、返してくるから先に集合場所に行ってろ。」
「あ、私も一緒に…」
「集合場所に手洗い場があっただろう?」

気を使ってくれてることがとても嬉しくて。
サクラは大きな声でありがとうと礼を述べ、サスケの好意を無駄にしないよう素直に一人で集合場所に向かった。





「ナルト達、まだ終わってないのかしら?」

集合場所にはまだ先生もナルトもいなくて。
とりあえず一人手を洗うと、二人の様子を見るためにそこを離れた。

ナルトとカカシ先生が担当した西側は森に面していた。

「あれー?、二人ともいないじゃん。すれ違っちゃったかなー?」

畑の方はもう草抜きが終えられているようだった。
集合場所へ戻ろうと振り返ったとき、森の中に黄色のひよこ頭がチラチラと不自然に見え隠れしているのに気が付いた。

「ふふふ。カカシ先生は顔隠してるけど…ナルトのヤツは髪を隠さなきゃよねー」

森の緑にも、朝の光にも、月の光にも…ナルトの黄色の髪は金色を伴いよく目立つ。
また空き時間に修行でもしているのだろう、とサクラも迷わず森の中に足を踏み入れた。

「ナルトー!」

小走りに近づきながら、少し手前でサクラはナルトに声をかけた。

「きちゃ、ダメだ!」

すぐさま掛けられた声は鋭く、緊張感が漂う。と同時に嫌な気配があたりを囲んでいる。
それは草抜きを始める前に感じたものと同じだった。
急いでナルトに駆け寄ると、すでに服は裂かれ数箇所の殴打の痕が見られる。

「…何してるんですか…?」

サクラはナルトを取り囲むように立っていた老人達の前にナルトを庇うように立った。





「サクラとサスケは何処行ったんだぁ?草むしりは終わっているようだけど?」

カカシはキョロキョロしてると、向こうからサスケが歩いてくるのが見えた。
道具を返しに行っていたのだろう。

「サスケ、サクラは?」
「先に集合場所に行ってる」
「そうか」

その時、さっきまで自分がいた西の方から嫌なニオイが漂ってきた。
カカシだからこそ解る人の歪んだ気と、わずかだが流れているであろう血のニオイ。
ちっ、油断したか?

「サスケ、ちょっとこれも返しておいてくれ」

カカシは自分とナルトが使用していた熊手をサスケに押し付けると瞬時に掻き消えた。





「サクラ…ちゃん…」

呼びかけに振り向くとしゃがみ込んみ、サッと傷にチェックを入れる。幸い血が流れているような物はなかったが、かなり酷い痣だった。
抵抗した様子はなく、一方的にやられていた様子に不信感が沸く。

「あんたらしくないわよ。何事?」

サクラの問いかけに答えたのはナルトではなく…背後から流れてきた、殺気を孕んだ老人達だった。

「これは復讐だよ、お譲ちゃん」
「そうさ、ソイツは全てを奪ったんだ…何故、生かしておく必要がある?」
「わしの腕は旨かったか?」

片腕の老人の声にナルトは俯き、ビクッっと体を震わせた。
吐き気を催したのかそのまま激しく咳き込む。
サクラは意味がわからずその場に立ち尽くした。

「どきな、お譲ちゃん…」

その声にサクラは老人達に向き直るときっと睨みつけた。

「イヤよ!」
「庇い立てするか?」
「娘っこは引っ込んでろ!」

脅しのように投げられたいくつかの子供の握りこぶしほどの石をサクラは避けなかった。
その一つが左の頬を掠めて飛び、朱のラインを残す。
更にもう一つ…サクラの剥き出しになっていた二の腕に当たった。
ナルトが慌てて叫ぶ。

「サクラちゃん!オレは大丈夫だから…向こうへ」
「イヤよ!」

再び同じ言葉を発したサクラは、じっと前を見据えている。
ナルトの前から一歩たりとも動くつもりはなかった。





カカシが数人の老人達とナルトを見つけたのはそんな時だった。
集合場所にいるはずのサクラも一緒にいる。
しかも、ナルトの怪我はある程度予想していたが、サクラの白い柔らかな頬にも血が滲んでいた。

「…やってくれたようだな」

そう呟いてカカシが出て行こうとした、その時。

「もう、やめてください」

不意にサクラが立ち上がり、あからさまな侮蔑の眼差しを向ける老人達へ一歩踏み出した。
大きな翡翠の瞳は静かな光をまとい、真っ直ぐ前を見据えている。
初めて見る表情だった。
凛とした芯の強さを醸し出すサクラの横顔に思わず息をのむ。
きれいだ、と思った。
そこにはいつものクルクルとよく変わる愛らしい少女はいない。
美しい一人の『女』だった。
白い頬に付けられた浅い傷からは血が滲み…そこはかとなく色気を漂わせている。

五年後なんて、とんでもないね。
こりゃ、他のヤツには勿体無いデショ。
…オレが頂く!!

カカシの中でサクラが特別になった『瞬間』、だった。





毅然とした態度を崩さないサクラに老人の一人が鎌を振り上げる。

「そこまでにしてくれませんかねー」

木陰から両手をポケットに突っ込んだまま、猫背気味な姿勢でカカシが現れた。
のんびりとした口調だけど、いつもと表情が違う…眼が笑ってないから。
幾つもの修羅場を潜り抜けてきた上忍のソレは老人達に有無を言わさない力があった。

「サクラ、ナルト…帰るぞ」

老人達の前を通り二人に近づくき、蹲って顔を上げないナルトに何やら呟くと人差し指で眉間の辺りをツンと押した。
不意に意識を手放したナルトを片手て担ぐように抱きかかえながら、もう一方の手をサクラに差し出す。
ぎゅっ…っと握り締められるカカシの大きな手にやっとサクラは安心し張り詰めた緊張を解いた。
途端に震え始める小さな体。
そんなサクラがとても愛しくて…逆に老人達には殺意を沸かせた。

これぐらいの人数なら瞬殺なんだけど。
素人を殺すと後がめんどいし、サクラの前だしなぁ…
お前ら、ラッキーだよ?

振り向きもせず、低い声で「失せろ」というと同時に、老人達の足元へとクナイが刺さった。
ただそれだけで蜘蛛の子を散らすように残らずいなくなった老人達に半ば呆れながら、カカシ達もサスケと合流するため森から出た。





集合場所で動かず待っているサスケが見えた。

よし、イイ判断だ。

口には出さなかったが、サスケの冷静な判断力を心の中で誉める。

「サスケ、任務終了だ。ナルトとサクラが少し怪我をしたんでな…急いで帰るぞ」

カカシの有無を言わせない様子に、今、なにがあったのか聞き出すことは難しいと判断したサスケは黙って頷き、後に続いた。










いつの間にここまで帰ってきたのだろう…?

サクラが気がつくと、もうソコはアカデミーのすぐ側だった。
カカシにずっと握られたままの手からは包み込むような暖かさが感じられ、やっと意識がハッキリとしてきた。
カカシを仰ぎ見ると、サクラが繋いでる手とは逆の方に、まだ意識を失ったままのナルトが肩に担ぎ上げられている。

あれは、どういう意味だったのか…
老人達のことばを思い出す。
でもそれはとても怖い考えに結びつき…憶測だけで話せるものではなかった。

『九尾』
ナルトとどう関係があるのだろう?
…そういえば、ナルトには両親がいない。
それにも関係しているのだろうか?

「カカシ先生!!」

アカデミーの門にもたれて立っていたイルカが、カカシに担がれているナルトを見とめると、顔色を変えて走ってきた。
カカシ達の帰りを待っていたのだろう。

「すみません、ちょっと離れた隙に…」

カカシの言葉にイルカは黙って首を振った。

「…カカシ先生のせいじゃありませんよ。それに、今日の任務先を聞いた時、なんとなくこうなるんじゃないかと思ってましたから」

そういいながら、カカシの肩へと手を伸ばし、意識のないナルトを受け取った。

「術で眠らせてあります。もうすぐ目は覚めると思いますが…あとはお願いします、イルカ先生」

イルカはわかりましたと頷くき、ナルトを抱きかかえてアカデミーを後にした。
その姿を見送ってから、カカシは残された二人に声をかける。

「じゃ、ここで解散な」

『解散』の言葉に、いつもはすぐに姿を消すサスケがカカシの前から動かない。

…やっぱりねぇ、このまま解散じゃ納得いかないか…
どうすっかなぁ?

「あー、…ナルトのことだけど…」

サスケとサクラが一斉に顔を上げ、真剣な眼でカカシを見つめる。
おいおい、そんなに期待されても…

「オレからは何も言えん。掟でな、そういうことになってる」
「で、でもっ…あれはヒドすぎ…」
「サクラ!!」

さっきの出来事を話させまいと声を大きくしたカカシに、サクラはビクッっと体を硬くした。

「だーかーら、掟なの。俺の口からは何もいえない」
「………」

サスケが無言のままカカシを睨む。

「でも…ナルトのことだ、そのうち自分から話してくれると思うぞ?…信じて少し待ってやったら?」

カカシの言葉に、これ以上何も聞き出せないとわかったのか二人に背を向けて帰ろうとしたサスケが、思い出したようにサクラを振り返った。

「サクラ、お前は大丈夫か?」

サクラはサスケが自分の怪我のことを心配してくれているのだとわかると、薄紅色に頬を染めた。

「うん!ありがとう。大丈夫!!傷も深くないし」

おいおい、オレの目の前で何やってんの?
頬なんか染めちゃって。

「心配すんな。サクラはこれからオレが医務室へ連れてくから…じゃ、明日な」

さっさと帰れ、と言わんばかりのカカシの言葉にサスケは眉間にしわを寄せたが、無言でその場から消えた。

「なんで、邪魔すんのよぅ!!せっかく、サスケくんが…」

サスケ、サスケってうるさいデショ。
他の男の名前なんて呼ぶなよ?

カカシはまだぶつぶついっているサクラを横抱きに抱きかかえると、真っ直ぐ医務室へ足を向けた。
突然お姫様抱っこをされ、顔を真っ赤にしておとなしくなったサクラを満足げに見つめながら…





カカシはサクラを横抱きに抱いたままアカデミーの廊下を歩いていた。
やっと今の状況が飲み込めてきたサクラの騒ぎ立てる声が、夕焼けで赤く染まった人気のない校舎に響く。

「先生、もう下ろして!私、歩けるんだから」
「ダメ!サクラ、怪我してるデショ?」

怪我といっても擦り傷程度のものばかりで…しかも『足』じゃない。

「足は怪我なんてしてないじゃない!下ろしてよ!!」

バタバタと胸の中でもがくサクラを、カカシはそのままぎゅっと抱きしめる。
カカシの見た目より厚い胸に、更に顔を押し付けられ、サクラは嗅ぎ慣れない匂いを嗅いだ。

タバコの匂い…
大人の男の…
カカシ先生の、匂い。

父親とは違い、とても落ち着かない。
カカシ先生を『男』として意識していることを自覚したサクラは、それをカカシに悟られまいと更に大きな声で叫んだ。

「先生!!セクハラよっ!下ろしてってば!」
「はいはい、もう着いたよ」

両手の塞がっているカカシは、足だけで起用に戸をこじ開ける。
もう下校の時刻を過ぎているアカデミーの医務室には生徒はもちろん、校医さえいない。
この狭い空間に二人きり…
サクラは緊張のあまり、再び口を閉ざした。

今日の先生は少し雰囲気が違う。
『先生』と『生徒』という関係が今…サクラの中でとても微妙に揺れていた。

カカシはサクラを近くにあった椅子に座らせると、薬品棚から消毒液や塗り薬、ガーゼなど手際よく出してサクラの元へと戻ってきた。
椅子をもう1つ引き寄せて自分も座ると、サクラの腕を掴み傷の具合を見る。
と、急にカカシは面布をずり降ろし、サクラの二の腕の傷に口付けた。
そのままキツク吸い上げられ…サクラは声を漏らす。

「っつう」

カカシの柔らかな銀色の髪が腕と肩に降りかかるこそばゆい感覚にゾクゾクと背中に電気が走る。

「やっ…ぁ」

その瞬間サクラは背を大きくのけぞらせ、椅子から落ちかけた所をカカシのもう一方の手に支えられた。
そのことによって、二人の距離はゼロに等しくなり…

「サクラ、感度いいんだな」

サクラの耳元でカカシの落ち着いた低い声が響く。

「ばっ、バカなこと…言わないで!!」

サクラは顔を背けるようにして逃げるが、背中に添えられたカカシの腕で思うようにいかない。

こんなに近くに顔が!!

サクラは面布を取ったカカシの顔を見るのは初めてだった。
すっと通った鼻筋に端正な口元はサクラの予想をはるかに通り越したもので…
カカシは自分の素顔に一瞬押し黙ったサクラを横目で見ると、そのまま首筋へ顔を寄せた。
触れるか触れないか、きわどい所で止まる。

「首は、どう?」

カカシの息が首に掛かる…ただそれだけのことなのに、サクラは体が震えるのがわかった。

「やぁ!!…も、やめて」
「ん。首も良好」

カカシは首から顔を上げて、同じ目線でサクラを見た。
右目だけの男は、何故だかとても嬉しそうに微笑んでいる。

「なに、すんのよ?!セクハラで訴えてやるぅ」

サクラは瞳に涙を滲ませながら、それでもカカシのあまりな行動に文句を言った。

「何って…チョット確認しただけ。開発のしがいがあってうれしいなぁ、と」
「…開発って?」

カカシはサクラの言葉を完全に無視して恐ろしい質問をした。

「サクラって、処女だよねぇ?」
「な、何バカなことを!!」

真っ赤になって叫ぶサクラに、カカシはうんうんと満足そうに頷き…だよねぇと笑みを浮かべる。

「サクラには、オレが全部教えてあげる。だから、他のヤツには触れさせない」
「先生?」

…違う。
私の目の前にいるのは先生じゃなくて、ただの男の人。

「もう決めたんだ。サクラはオレのモノ。これはその印」

サクラの背中を支えていた手をそのまま擦るように下から上へと動かし、首の後ろへ添えて顎をそらせる。
いつの間にか胸元まではだけられた忍服から見えている、細く白い首に顔を埋めて口付けると、そこは赤い花が咲いたような痕が残った。

「消えたらまた付けようね」

カカシの囁きに、サクラは再び椅子から転げ落ちそうになった。











2001.12.02
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ