天ニサク花




「先生、雪」

サクラが空を仰ぎ両手を天に差し伸べる。
雪はその小さな手にふわふわと舞い降りてはすぐに消えた。

「…消えちゃった」

残念そうに呟くとカカシを振り返り、小首をかしげて訊ねる。

「積もるかな?」
「ははは。ムリだろう、多分」
「だよねぇ…」

木の葉の里にはめったに雪は積もらない。
わかっていたこととはいえ、そうはっきり無理だと言われると…サクラは落胆する気持ちが隠せなかった。

「…星状六花」

聞き取りにくいほどの小さな低い声でカカシが呟く。

「え?」
「ホラ」

サクラの目の前に差し出された大きな手のひら。
濃い藍色のグローブの…繊維の先に付着した雪はすぐには溶けず、その形を留めていた。
顔を更に近づけると綺麗な結晶が見える。

「キレイ。樹枝状六角形だね」

ほぅと息をつき、食い入るように見つめる薄紅色の髪にもふわふわと舞い降りる雪。

よく似合うねぇ。

カカシが目を細めて微笑んだ。
カカシのサクラに対するイメージは白。
その珍しい髪の色で桃色を連想する者が多い中、カカシは断然『白』だった。
純真無垢な白い雪はサクラそのもの。

「サクラは雪の結晶が何故六角形だか知ってる?五角形や八角形じゃなくて、さ」

不意にカカシが言葉を紡ぐ。

「もちろん!!水分子が凝集していくのは水素結合でしょ?縦にも平面方向にも結合していくケド…平面方向へ繋がっていくときには酸素の周りの三つの水素が等価になって、結合の角度が百二十度になるからよ」
「………」

確かにそうなんだケド。

あまりにも正確な模範解答にカカシが苦笑する。化学の教師並みだ。

「…なんで笑うの?」
「いや、さすがサクラだと思ってね」
「…バカにしてる?」
「してない、してない。……雪って、花みたいだと思わないか?」

カカシは視線を上げると今なお降り続ける雪に視線を戻した。

「星状六花」

今度はサクラの耳にもはっきり聞こえた。

「それってなにかの花の名前?」

不思議そうに見上げてくるあどけないエメラルドの大きな瞳に一瞬言葉がつまる。

「…花じゃなくて、雪。サクラの言うところの樹枝状六角形のことだよ」
「ふぅん?なんだかロマンティックね。先生がそんな言葉を知ってるとは思わなかったわ!」

今度はくすくすとサクラの方が笑った。

雪を見て花と例えるカカシも、『星状六花』と呟くカカシも。
普段の先生からは想像もつかない。
サクラはまだ目の前に差し出されたままになっていたカカシの手を両手で包み込んだ。
冷たくなった指先にハァーっと暖かな息を吹きかける。
それは空気に触れた途端白くなって暫くとどまった後、消えた。

「先生は、触れられるの…嫌い?」

あからさまに身を強張らせ手を引こうとしたカカシを許さず、サクラはそのまま自分の胸へと引き寄せる。
指先から伝わるほのかな暖かさはカカシを困らせた。
答えないカカシに再びサクラが問い掛ける。

「人に触れるのも、嫌い?」

そんなはずはないよね?
だってナルトやサスケくんには触れるもの。
よく頑張ったって…いつも頭を撫でるでしょう?

「それとも…私が、嫌いなの?」

一番可能性の高そうな答えを自ら口にして、サクラは形の良い眉をへの字に曲げた。
いつか聞いてみようと思っていた問だった。
次第に潤んでくる瞳がカカシの姿を滲ませる。


違う。
そうじゃなくて…。
綺麗過ぎて触れられないんだ、と。
自分が触れるとサクラが消えてしまうような、そんな気がするんだと…どう説明すればわかって貰えるのだろう?

この血に汚れた手でサクラに触れるのはひどく勇気がいる…


「…そんなこと、ないよ」

たくさんの溢れる想いは言葉にするのが難しく、カカシはやっと一言そう答えた。
取り繕うような返事に、暖かい雫がサクラの頬を伝う。

…泣かないで…

カカシは包み込まれている手をやんわりとほどき、躊躇した腕が…そのまま壊れ物を扱うようにサクラを抱きしめた。
頬を濡らす雫はカカシの服へと染み込み、小さな身体はすっぽりとカカシの腕の中におさまる。

「せ、先生?!」

突然の抱擁にサクラが慌てた。
サクラの声が聞こえないのか、さらにカカシの腕に力がこもる。

「…先生?」

雪のように真っ白なサクラ。
…消えてしまわない?
オレが触れても、汚れてしまわない?

腕の中の少女は消えることなく、暖かな体温でその確かな存在を示す。
何も変わらないサクラに…カカシはほっと安堵の息をついた。

「…ゴメン。帰ろうか」

抱きしめていた腕をほどき、いつもの所定の位置…ズボンのポケットへと両手を突っ込んだ。
勝手に自己完結し、歩き出すカカシの背中をサクラが追いかける。

「待ってよ、先生!」

追いつき、隣に並んだサクラがポケットに入れられた手を半ば強引に引きずり出す。
そして指と指を絡めるようにぎゅっと手を繋いだ。

「私、嫌われてはないのよね?」

驚いて見下ろすカカシをサクラは微笑みで迎える。

「だったら、この方が暖かいわ」
「…そうだな」










天に咲く花
白い花

触れれば消えるその花は
地上で一人の少女になった


触れても消えない少女になった












2002.12.09
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ