例えばの話。 例えばの話。 今、目の前の暖かくふわふわした生き物が明日も自分に向かって微笑んでいるとは限らない。 そもそも…存在しているかどうかさえ分からない。デショ? そう思い始めると眠気なんてどこかに吹っ飛んでしまった。 「先生、どうしたの…ソレ」 気が付けばサクラが至近距離でオレの顔を覗きこんでいた。 思わず椅子からずり落ちそうになる。 「な、なに?」 「ソレ。目の下のクマ」 すごいよと再び覗き込まれて赤面するオレを、サクラの背後でナルトがにやにやしながら見ている。 …うん。 言いたいことは想像付くから黙っとけ。 「あぁ…ちょっとね。寝れなかっただけ」 「人手不足だからといって働きすぎなんじゃないの?」 「いや、昨日はホントに寝れなくて」 「ふぅん?」 納得したのか、していないのか。 サクラはカカシの隣に腰を降ろす。 ナルトがカカシの目の前に座り、小さな会議室のテーブルの空席は後一つだけ。 本来ならばそこに座っていたであろう人物を思い浮かべ…カカシはそっと溜息を吐いた。 今更どうしようもないことだと理解している。 でも、だからといって後悔の念が薄れることはないのだ。 「じゃ…今日の任務の説明をするよ」 自分に言い聞かせるように言葉を紡げば…その声に反応し、大切な二人の部下は表情を引き締めた。 頼もしくなったものだと思う。 しかし。 忍びの世界はシビアなもの。 生と死が紙一重に存在し、一瞬の判断が明暗を分ける。 先生として、上司として……恋人として。 オレは常に最善の選択をしなければならない。 最善の選択を、サクラに。 「何で寝れなかったの?」 「え?」 「…昨日の夜」 サクラの突然の話のフリが今朝の続きだと気付くのにカカシは少々の時間を要した。 「ん…あぁ、ちょっとね」 「答えになってなーいッ!」 腕を引っ張られてよろける。 サクラの馬鹿力にも困ったもんだ。 男の沽券つーうか、何ていうか…… 「先生!」 「はいはい。分かりました。話すよ…オレの部屋でね」 サクラの頬に掠め取るようなキスを一つ。 報告書はナルトに押し付けた。 今夜はサクラを抱きしめて眠ろう。 そうすればあんなくだらないことは考えなくて済むはずだ。 「先生、プリン買って」 「…コンビニのでよければ」 任務からの帰り道。 二人はじゃれつくように歩き始めた。 「サクラが先に死んじゃったらどうしようとか考えてたら眠れなくてさ」 「はぁ?」 カカシの言葉にサクラは耳を疑った。 すくったプリンが口に運ばれることなくテーブルに落下する。 何でそんなこと考えるの。 ていうか、何で私が先? まぁ…確かに私は弱っちいけど! 一瞬、意味がわからなくて。 次の瞬間怒りが爆発しそうになって。 …で、急速に冷めた。 「…先生が先に死ねば?」 「えぇ?!」 「えぇ、じゃないわよ。ホント何考えてんの。縁起でもない!」 「サークラぁ…」 身も蓋もなくばっさりと切られたカカシがサクラの膝に縋りつく。 「…なんか、愛を感じない…」 「あのねぇ…先生」 サクラは子供をあやすように優しくそっとカカシの頭に触れた。 意外と柔らかい青銀の髪をスプーンを持った反対の手で撫でながら…自分のおおよそ倍の人生を生きてきた男に視線を落とす。 「この先どうなるかなんて誰にも分からないのよ?」 私がもし短命でこの世を去ったとしても…それはもちろんカカシ先生のせいではない。 もしかしたら逆に二人ともとんでもなく長生きするかもしれない。 「この恋が…カカシ先生との恋が私にとって最後の恋とも限らないじゃない?これから先、お互い別の人を好きになるかも、だし」 「サ、サクラさん?!」 「でも…最後の時…私が死んじゃう時にはちゃんと先生を思い出してあげる」 こんなあやふやな言葉でカカシが安心するとも思えなかったが嘘は吐きたくなかったのでしょうがない。 「ありがとう…って言うべきなのかな」 「当然よ!」 ふふふと笑ったサクラがプリンを口に運ぶ。 心なしかカラメルが…いつもより苦く感じた。 「先生にも分けてあげる」 口に含んだプリンをそのままに、サクラは膝に頭をのせているカカシの面布を引き剥がし…口付けた。 ゆっくりと伸びてくる手が首に絡まり、引き寄せられる。 ソファーとローテーブルの狭い隙間に折り重なるように転がって。 そして…二人は互いの温もりに安堵するのだ。 夜はまだ長い。 明日は私も寝不足ねと囁けば、サクラの胸に顔を埋めていたカカシが可笑しそうに喉の奥で笑った。 例えばの話。 完全に目を閉じてみる。 するとあっという間に無数の手が伸びて来て…この暖かくふわふわした生き物を自分から奪い去っていくだろう。 ほんの少しの隙さえ見せられないと思う。 しかし、一つずつ消し去ってもまたすぐ生まれる不安はきっとどうにも出来ない。 だってそれはサクラを愛する代償なのだから。 2009.01.25 まゆ |