君は僕の宝物




「急に入った任務で連絡する暇無くて…」

カカシの言葉が全て言い訳に聞こえる。

「クリスマス会場のね、警護だったんだよ」

カカシにどんな大儀名分があろうとも、イブの夜を自分がどんな思いで独り過ごしたかを解らせるまで…サクラはカカシを許すつもりは無かった。
例え子供の我侭だと逆に罵られても、今回に限っては絶対に引かない。
更にカカシの口の端に付いたルージュに気が付いたとき、サクラの中で何かがぷちんと弾けた。
すぅっと息を吸い込み…怒鳴り声と共に一気に吐き出す。

「先生の馬鹿!!大嫌いッッ!」










あれほど念を押して約束したのに…
出来ない約束ならしなきゃいいのよッ
任務なのはしょうがない。…しょうがないけど!!
他の女とキスってどういうこと?
上忍なら避けなさいよ、馬鹿!!
綱手様も、綱手様よね!!
クリスマスパーティーの警護なんて、先生じゃなくったっていいじゃない!
なんで選りによってカカシ先生だったの?

サクラの怒りの矛先は五代目火影、綱手にまで及んでいた。
キスに関しては任務中の事故のようなものだろうと思う。
カカシにとっても不本意だったはず。
それぐらいの自惚れは、サクラにもある。

だからといってすんなりと受け入れられるほど、物分りは良くないわよ?

僅かに降り積もった雪を踏みしめながらサクラが向かっているのは、里の中心とは全くかけ離れた場所だ。

大きなヤドリギ。
海を挟んで存在する遠く離れた異国ではクリスマスの日にヤドリギの下でキスをすると幸せになれるという言い伝えがあるらしい。
そもそもクリスマス自体が異国の風習なのだが…近年では木の葉の里でも一般行事と化している。
サクラが好んで読む『伝承・神話』を主とする物語集の中でそのヤドリギの話を見つけた時、それはすぐさまサクラの『恋人が出来たらやりたいことベスト3』にランクインされた。

だって素敵じゃない?!
神様が二人の幸せを約束してくれるの……

12月も近づいた頃から、サクラは休みの日を利用しては野山を歩いた。
そして、とうとう里の外れにある森の中でケヤキに宿る野生のヤドリギを見つけたのだ。
いのの店にあるディスプレイ用のリースではなくて、野生のものを。
その下でイブにカカシとキスをすれば…作り物でないヤドリギは、言い伝えどおり自分とカカシに幸せを運んでくれるはずだ。
そう信じていたのに…イブの夜、カカシは約束の時間になっても現れずサクラは一人待ちぼうけ。

たかが『言い伝え』

迷信だって笑う?

されど『言い伝え』

幸せになれるものならば…私は何だって試したいの。

カカシと身体を重ねる度、サクラは刹那に過ぎる時間の流れを感じずにはいられなかった。
忍びという特異な世界において、必ずしも『明日』は約束されたものではない。
今、手にしている温もりが明日もある保証は何処にもないのだから。
曖昧な…綱渡りのような幸せ。
言い伝えやおまじないにすがるサクラは、もちろん、それによって自分の持つ全ての不安が解消されるとは微塵にも思っていない。
しかし、気休めでも何もしないでいるよりは随分と心が安らぐ。

なのに先生ったら!!
私の純情を何だと思ってるのよ…

やっと辿り着いた大きなヤドリギを見上げるサクラの瞳から一滴の涙が零れた。










「よりによって任務の内容がアレじゃねぇ。サクラちゃんが怒るのも無理ないわ」

たまたま通りかかり、物陰から一部始終を見ていた紅の言葉にカカシは眉を顰めた。
クリスマスイブの夜、カカシに命じられた任務はとある大名が主催するクリスマスパーティーの警護だった。
物々しい警護を嫌がる雇い主の趣旨に沿って忍服でなく普段着…よりは多少良いモノを身につけたカカシは客に混じって会場の中に配置された。
額当てもなく、写輪眼は色の濃い眼鏡で隠す。
華やかな雰囲気に馴染めず壁際に佇むカカシは、いつの間にか見知らぬ女達に囲まれていた。
鬱陶しい質問攻めから逃げるべく、避けるようにその輪をかいくぐれば…いきなりキスされるという始末。

それはそうと…アレは一体なんだったんだ?

驚きと怒りを露にしたカカシだが、強引にカカシの唇を奪った彼女からはこんなところにいるからだと軽くあしらわれた。
そんな出来事を今ふと思い出す。

そんな所って?
別段変わった場所ではなかったはずだ。
ただ、壁に飛び蔓の…見慣れない黄金の実を付けた大きなリースが掲げてあったが。

「一体、飛び蔓にどんな意味があるんだよ?」
「飛び蔓…ヤドリギ、ね。クリスマスに恋人達がその下でキスを交わすと幸せになれるって言い伝えをアンタ知らないの?一説にはヤドリギの木の下に立つ者にはキスをしてもいいという都合の良い言い伝えもあるようだけど…口の端、ルージュが残ってるわよ」

紅の言葉にカカシは慌てて袖口で口元を拭った。
サクラは指摘しなかったが気付いていたに違いない。
カカシは傍目から見てわかるほど動揺していた。
畳み掛けるように紅がはやし立てる。

「あらあら、サクラちゃんじゃない娘とキスしたんだぁ?クリスマスの夜に?」
「他人事だと思って…したんじゃなくてされたの!自分の意思じゃない」

そんな言い訳が通用すると思っているのかしら?と紅は肩を竦めて笑う。

「じゃあ友達として忠告するけど…早く追いかけた方がいいわよ?それとも、諦めてもっと物分りの良い女を探す?」
「馬鹿言ってろ!」

サクラの代わりなんか居るわけない。
そんなの自分が一番良く知ってる。
カカシは踵を返してサクラが消えた先へと急いだ。










「どうして此処が?」

振り返らないサクラの、不思議そうな声が聞こえた。

「わかるよ。…サクラのことなら全部、ね」

カカシは気付いていた。
休みのたびにサクラが自分と逢う時間を削ってまでも何かを探していたことを。
しかし、後をつけ…サクラの探し物が『飛び蔓』だと知って拍子抜けした。
何故そんなものを探していたのか?
サクラの不思議な行動もその意味も、カカシは今日まで気にも留めずにいたのだが…

「ごめん。ごめんなさい」

カカシはサクラの背に向かい、ただひたすら手を合わせて謝った。

「…何に対しての『ごめん』なのよ?」

振り向いたサクラの瞳は赤い。

約束を守れなかったことに対して。
他の女とキスをしてしまったことに対して。
それ以上に…サクラを不安にさせていたことに対して。

「ごめん」

伝えなければならない言葉は沢山あるのに声にならない。
カカシは馬鹿の一つ覚えのように謝罪の言葉を繰り返した。

「ごめんなさい」

目の前の男は木の葉の里で一、二を争う上忍で。
他国にもその名が知れ渡るほどの優秀な忍び。
そんな男が下忍になりたての、たった十二の子供にただひたすら許しを請っているだ。
客観的に見ておかしいこの状況に、ふっと肩の力を抜き、サクラはとうとう笑いだした。

「…もういいよ」

好きだから、愛しているから。
謝られて怒りの感情など持続するはずもなく…サクラはカカシの大きな手を取ると、随分と冷えた自分の指を絡めた。

「しょうがないから許してあげる」



ちらちらと雪が舞い散る森の中。
ヤドリギの下、引き寄せたサクラはまるで猫のようにカカシの腕の中で丸くなる。
頬を寄せ、お互いの温もりを確認しあって…
それから。

それから…冷たくなった唇を、ゆっくりと塞ぐんだ。





君は大事な宝物。
迷信などに頼らなくても…オレがきっと幸せにしてあげる。

必ず。
  


だから、ごめんね?











今頃になってクリスマスネタかよ…という突っ込みはナッシング!
なんかラブいモノを書きたかったので。
いやぁ…年内にUP出来て良かったよ(笑)

2003.12.30
まゆ



2009.01.06 改訂
まゆ