love sick




奇跡ってね、信じてなかったの。
でも心のどこかではいつも期待してたんだ。
それが今日…ちっともドラマティックじゃないけれど、来た。

恋に落ちるって…ある意味奇跡よね…?










私はサスケくんが好き。
ナルトは…前ほどじゃないけれど、やっぱりウザイ。
カカシ先生は、超ニガテ!
出来れば一生近寄りたくないタイプ……

なのに、なんで休みの日にまで見かけなきゃなんないのぉ?



真昼の公園。
サクラは分厚い本を片手に、木陰になっているベンチを探していた。
今日は任務は休みだが、毎回友達の休みと重なるわけではなく…一人ヒマを持て余した後の行動だった。

「此処にしよう」

手頃なベンチを見つけ、サクラは気兼ねなくぽすっと座る。
平日の為か人がまばらな公園の穏やかな空気にう〜んと伸びをして独り言をポツリ。

「たまにはイイよね、こんな時間の過ごし方も」

贅沢なほどゆっくり流れるであろう時間を想像して、サクラは持っていた本を開いた。

「だから、もういいわよ!」

辺りに響き渡る女の怒気を孕んだ声に、サクラは顔を上げ視線を巡らせる。

「ち、ちょっと待てって言ってるだろう?」

続く男の声。
この声は…と、サクラが声の主の名前を口に出す前に耳から入ってきた。

「いいかげんにして!!カカシ」

追いすがる男の手を振り払い、女が足を止める。

「所詮、こうなると思ってたわ…」

カカシは、女のキツイ視線に頬をポリポリ掻きながら言葉を捜しているようだった。
そんなカカシの影に重なるようにして、もう一人。

「じゃ、カカシは私が貰ってもイイのね?」

そう言ったのはまた別の声。…しかも、女。
…信じられない…
最低だわ!二股なんて!!

状況が読めてきたサクラが大きな溜息をついた。
どういうわけか、カカシは良くモテる。不思議なほどに。
確かに上忍だし元暗部だから、忍びとしての実力は確かなのだろう。
きっと給料も良いはずだ。
素顔は見たことがないけれど、悪くないらしい。
それに背が高くて…スタイルはいいな、って思う。それは認める。
でもサクラにとってはそれだけだった。   
だから、何?…である。

そりゃ、ね。カカシ先生のことをよく知っているとは言わないケド。
私の知ってる先生は、嘘つきで…偉そうで…我侭で…
そのうえ、部下の前でも片時も『イチャパラ』を手放さないエロ上司よ!
本当に、サイテー…
サスケくんとは、大違いなんだから!

本を読むどころではなくて、サクラは事の成り行きを食い入るように見ていた。
どちらも忍服を着た、かなりの美人だ。
二人の美女はカカシをそっちのけで言い争いを続けている…手持ち無沙汰のカカシがふと顔を上げた。

「あ。サクラ」

カカシの少しやわらかい声につられて、二人の美女もコチラに顔を向ける。
もちろん、今は桜の花が咲く季節ではなく…『サクラ=女』だと確認した途端、あきれたような声で言葉を吐き出した。

「…カカシ、ロリコンだったの?」
「あの子もなんだ?一体、何人と付き合ってるのよ…」

初めて聞くトーンのカカシの声にサクラも『特別』なひとりだと勘違いしたようだ。

完璧な誤解。
実際のところサクラは全く関係なく、おまけにカカシが現在進行形で『関係』をもっているのはこの二人だけではないというのが真実だ。

確かに…サクラのことは気に入ってるけどね?
勝気で、生意気で…それでいて、優しい良い子だ。
でも、さすがにロリコンになった覚えはないぞ。
恋愛に関しては対象外だよ…
あと5年は、ね。

しかしカカシが否定の言葉を口にしようとした時、すでに美女二人はサクラに詰め寄っていた。

「いつからなの?」
「どういう関係?まさか…もうヤッちゃってるとか?!」

早口に切り出される質問にサクラは持っていた本をバサっと地面へ落としてしまった。

ふざけてんじゃないわよ!しゃーんなろー!!
誰と誰が付き合ってるって?
ヤル…って何を?!

あまりのことに開いた口が塞がらない。
呆然としているサクラのもとへカカシもやってきた。

「サクラはオレの可愛い部下だよ。イジメないでくれる?」
「部下、ね。ナニを教えてるんだか…」

疑わし気な美女の眼差しにカカシは肩を竦めた。

「だーかーらー、そういう趣味はないって」

きっぱりと否定する言葉も信用してもらえないようだ。

「どうでも良いけどちゃんと一人、選んでくれないかしら?!」
「そうよ。三人のうち誰が一番イイの?」

三人って…
何で私もはいってんのよっっ
ほら、先生も真剣に悩まない!!

サクラの心の叫びは無視されて、どんどん話は進んでいく。
このままだと、明日の朝にはカカシの新しい恋の相手として噂が広まってしまいそうだった。

「そーだなぁ…(サクラがもし同じぐらいの年ならきっと)サクラが一番!かな?」

馬鹿正直なほど素で答えたカカシに美女二人はすかさず行動に移る。
一人は鳩尾に正拳を、もう一人は男のみの急所へ膝蹴りを。
さすがに忍びとあって、平手打ちといった甘ちょろいことはしなかった。
当たり前だが、コチラの方が断然ダメージは大きい。
さらに蹲ったカカシの延髄に二人揃って手刀を落とすと、捨て台詞を吐いてその場を去っていった。

「「覚えてなさいよ?!ロリコンのカカシ!!」」



「せんせぇ…大丈夫?」

倒れこんで動かないカカシに、さすがのサクラも少し心配になった。

「痛い…」

…でしょうね。

「自業自得!!」
「かな?」

よいしょ、と腹筋を使って上体だけ起こしたカカシは忍服に付いた土を払い、ついでに拾ったサクラの本を差し出す。

「ありがと」

一応お礼を言いながら本を受け取ったが…サクラは先ほどの出来事を忘れたわけではない。

「先生!どうしてくれんのよ!!」
「何が?」
「何が…って、さっきの人達、誤解しちゃったじゃないの!!ヘンな噂が流れたら先生のせいなんだからね!!」
「あぁ…でもオレだってロリコンよ?いいじゃん、お互い様ということで」
「お互い様じゃなーーい!!根本的に違うでしょ!!!先生は自業自得。私はまるっきり無関係じゃないの!!!」
「えー?だって部下デショ。一蓮托生」

なんと自己中なのだろう…
からかい口調のカカシに仰ぎ見られてサクラはがっくりと肩を落とした。
言い争うだけ無駄のような気がする。

「…も、いい。私、帰る」

サクラはベンチから立ち上がった。
まるっきり話が噛み合わないカカシを置いてその場から離れようとする。

「待ってよ、サクラ。オレ、サクラにまで帰られたらどうしたらいいの」
「帰って寝れば?」
「だから、一緒に寝る予定だった相手がいなくなったんデショ?サクラのせいで」

私のせい?
ふざけないで!!
大体、最初に先生が声をかけてきたんじゃないの!
私のことなんて無視してくれれば、こんなことにはならなかったのよ!
何を思って私のことを一番だと言ったのか知らないけどあのセリフが直接原因でしょう?

怒った顔でカカシを振り向くサクラが見たものは…
カカシと、カカシの背後で小石に躓いて転びかけてる子供。
しかも子供が手にしているのはアイスクリームのコーン…だけ?
え?と思ったと同時に、宙を飛んでいたディッシャーですくわれた丸い形のアイスクリームが…まだ地面に座り込んでいたカカシの頭の上にぽとん、と乗っかった。

「わっ!」

カカシがビクリと身体を強張らせ、犬の尻尾のようにブンブンと頭を振ると冷たい塊が地面へと落ちる。
それは子供への合図、だった。

「うわぁーん」

火を付けた様に泣き出した声に誰もが振り返る。
焦ったカカシが立ち上がると子供へ駆け寄り、声をかけた。

「大丈夫か?」

子供は一瞬…ほんの二、三秒泣くのを止めたがその後更に大きな声で続きを再開した。
民間人の小さな子供にとって忍服は近寄りがたいものだ。
その上、カカシは額あてで片目を隠し、口元を面布で覆っている完璧な怪しい人。
怖がって泣くのも無理はない。

「ほら、泣くなって」

カカシは強引に子供を立たせると自ら額あてを取り、両目を晒した。
面布もずり降ろすと…サクラさえ見たことのなかった素顔で微笑む。
ナルトの陽だまりのような笑顔じゃなくて…
サスケくんのような、照れ隠しのはにかんだ笑顔でもなくて。

闇夜に浮かぶ月の淡い光。
街灯のない道を優しく照らすその安心感。
…そんな、カンジ。
サクラは目が離せなかった。

意外だわ。
子供は嫌いだと思ってた。
それに素顔!!
普段は頼んだって絶対見せてくれないのに…ズルイ!!

突っ立ったまま自分を凝視しているサクラにカカシが声をかける。

「サクラ?」
「え?…なんでもない!!あ、あれ、その子のお母さんじゃない?」

向こうの方から小さな赤ん坊を抱いた女性が駆け寄ってくるのが見えた。

「ぼうず、お母さんか?」

泣き止んだばかりの子供がコクンと頷き、カカシの下を離れる。
サクラは子供が無事母親の所へ辿り着くのを見届けてからカカシに向き直り、それと同時に叫んでしまった。

「なんで?!」
「なんで、って何が?」

いつの間にか、額あてと面布を元通りに付けたカカシ。
もう少し見ていたかったのに。

カカシはどうしてサクラがぷぅっと頬を脹らまして拗ねているのか理解出来なかったが、とりあえず訊ねたいことを聞く。

「この公園、水の出るトコある?」










「上忍なのに避けられないの?」

公園の手洗い場で髪の毛を洗うカカシの背後からサクラが訊ねた。
唐突な質問にカカシは少し考えて、『アイスクリーム』のことだと思い当たると口元に苦笑を浮かべる。

「あのねぇ、サクラ。クナイや手裏剣なら眠ってても避けるよ、オレは。でもなぁ…いくらなんでも殺気のないものは無理デショ?」

滴り落ちる水を軽く振るいながらカカシが顔を上げた。
確かに、アイスクリームに殺気はないだろう。
ぷっと吹き出すサクラにカカシもつられたように笑った。
でもやっぱりさっきの…子供に見せた笑顔とは違っていて、そのことにどうして残念な気持ちになるのか、サクラにはわからない。
なにより、そんなことを考えてる自分が…わからない。

「最悪な日だな…」

サクラに借りたハンカチで顔の雫を拭きながらカカシがぼやいた。










2002.05.13
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ