恋愛前夜




先日、梅雨明け宣言があった。
もうすぐ本格的な夏がやって来る……



折角の休みだって言うのに、なんだってあいつらに付き合わないといけないんだか…
サクラも来るって言ったからだぞ?
そうじゃなきゃ、あの2人の忍術の修行になんか絶対付き合わないね。

「カカシ先生…!?」

ナルトの声に顔を上げたサクラは、近づいてくる先生を見た瞬間、瞳を逸らしてしまった。

なんなの、あれ!…超機嫌ワル…

眠たそうな瞳はいつものこと。
今日はそれプラス、眉間にいくつか深い縦ジワが刻まれていた。



待ち合わせ場所は里外れの森の入り口。
この森は普段から里の住民もあまり入ってこない為、アカデミーの演習場に次いで、下忍達の忍術の修行によく用いられる場所だった。

珍しく、というよりは…多分初めて時間通りに現れた上司に、三人の部下達は我が目を疑っていた。
しかも、何故か不機嫌そうな眉間のシワ。
いつもなら駆け寄っていくナルトもその場から動かず、半ば口を開けてカカシの顔に見入ってしまっていた。
しかし、当の本人はそんな三人の視線はお構いなしにゆっくりこちらへやって来るとそのままの表情で指示を出した。

「森の東の方に小川があるだろ?そこでやるから」

それを聞いて、いつもの如くサスケが真っ先に姿を消した。

「待てってばよ、サスケ!ズルイぞ!!」

そう怒鳴りながら、続いてナルトも走り出す。
…そして、その場には大きなバスケットを持ったサクラと、やたらと機嫌の悪そうなカカシだけが残された。



二人並んで、ぽてぽてと森の中を歩く。

なんか、やだな…
すごく機嫌がワルそうなんだもん。

「何が入ってんの?、ソレ」

黙ったまま俯いて歩いていたサクラは急に話し掛けられ、ビクッと身体を縮めた。

「あぁ…えっと、ドーナツ。今日のおやつよ」
「おやつ持参?」

くっくっくっと喉の奥で笑うカカシに、サクラはむきになって言い返した。

「だって、先生いつも遅れてくるじゃない!!だから、待ち時間にみんなで食べるつもりだったの」

あれ、普段と変わんないや…先生。

いつも通りのカカシの態度に、サクラはほっと息をついた。
内心ヒヤヒヤしていたのだ。…あの、眉間のシワに。

でも…顔だけ怖いのって、ヘン!!
…どこか、体の調子でも悪いのかしら?




   
三人はサンダルを脱ぐように促され、忍服の裾を濡れないように巻き上げた格好で小川の中にいた。
深さはさほど無く、膝下ぐらいで…今日のような天気の良い日には気持ちのイイ冷たさだった。

まずは水面にチャクラを這わす。
次に、徐々に盛り上げさせて…水柱を造る。
んで、的にぶつける。

カカシは簡単な説明を挟みながら、実に簡単そうに実演して見せた。
細く伸びた水は数メートル離れた木に向かって放物線を描き、狙って当てられた一枚の葉がひらりと舞い落ちる。
「これが、基本だから。出来ないと、水系の忍術は何も使えないぞ」
「先生は何で水に入らないんだ?」

ナルトの脈絡のない、素朴な質問にカカシはガクリと肩を落とした。

「あのねぇ、お前達と一緒にしないの!オレは優秀な上忍だから水の中じゃなくてもこれぐらいのことは出来るさ。早くコツを掴むには水の中でやるのが一番いいんだよ」

一応、的となる枝を決めると、どこから手に入れたのかカカシには縁のなさそうな赤いリボンを結ぶ。

「じゃ、暫く各自でやってみて」

そう言うと、カカシは目を付けていた手頃な木の幹に持たれかかって座り、眠る為に目を閉じた。





とりあえず目を閉じてはみたがやはり眠れるはずもなく、カカシはやたらと姿勢を変えていた。
その度にガサガサという音が耳の中で響き、心底うんざりとした表情になる。

しばらく、やってないからなぁ…

どうしたものかと溜息をついたとき、川の方からサクラの弾んだ声が聞こえてきた。

「せんせー!出来たわよ!!」

サクラはカカシが目を開けてこちらを向くのを確認してから、的へ向かって勢いよく水を飛ばす。
カカシの時と同じように木の葉が一枚だけヒラヒラと舞い落ちてきて…サクラは少し誇らしげな顔でカカシの「ごーかく」という言葉を聞いた。
さらに、川から上がっておいでという付け足しに素直に従い、思うようにいかずムキになっているナルトと…我関せずを決め込み黙々と取り組んでいるサスケを背にサクラはカカシのもとへやって来た。

やっぱり、サクラは飲み込みがいいねぇ。
これで、ある程度チャクラの量が維持が出来れば問題ないんだけど。

先生らしいことを考えながら迎えたカカシに、サクラは先ほどから気になっていることを訊ねた。

「先生、どっか悪いの?」
「いや?何で?」
「だって、そんな感じの顔してるよ?眉間にシワとか寄ってて…なんか我慢してるみたい」

サクラは片手に持っていたサンダルを地面に置き、隣に腰を降ろしてカカシを見上げた。

サクラのスゴイ所は…頭が良いとか、可愛いとか、器用だとか…ホントはそんなことじゃないんだ。
例えば、そう…他人の隠れたSOSをキャッチ出来る鋭さ。
それを包み込む暖かな空気。
全てを許すやわらかな微笑み。
…そういうトコロ。

…だからオレはサクラじゃないとダメなんだよ…

「んー、ちょっと耳が、ね。」
「耳が?」
「ガサガサいってんの」
「…それって…先生、ちゃんと耳掃除してる?」

していないという返事の変わりに頭を横に振ると、またガサガサと音がして、カカシは顔をしかめることになった。
サクラはその様子にふぅ、と溜息をつくと有無を言わさず自分の膝へカカシの頭を引っ張った。

「ちょっと見せて」

突然の予想もしないサクラの行動に、されるがままのカカシは嬉しさで気が遠くなりそうだった。

どう見ても、膝枕だよな?!

しかも、サクラの顔が徐々に近づいてきて・・・キスが出来そうな際どい位置で止まった。
サラサラ流れる薄紅の髪からは柑橘系の甘ずっぱい匂いがする。

「先生…すごすぎ。なんでしないの?耳掃除」
「…しないんじゃなくて、出来ないんだよねぇ」
「え?」
「怖くない?耳の中に棒を入れるんだよ?自分で。見えないのに」

子供のように拗ねた口調のカカシはなんだか可愛くて、サクラは思わず笑ってしまった。

「私、やろっか?先生の耳掃除」
「え!いいの?」

カカシは勢いよく上体を起こすとサクラに詰め寄った。
その時。

「カカシ先生、サクラちゃんに何してんだよ!」
「あ、馬鹿…やめろって!」

ナルトとサスケの声が重なり、それと同時にカカシとサクラはバケツをひっくり返したような水を頭から浴びた。

「ナルト!!」

ペッタリと頬に張り付いた髪の毛を手で払いながら、サクラは静かに立ち上がった。
ふるふると肩を震わせながら、川の中にいるナルトに向かって叫ぶ。

「どうしてくれんのよ!」
「ご、ごめんってば」

そんなやりとりの中、カカシはサクラのサンダルとバスケットを片手で持ち、開いている方の手でずぶ濡れのサクラをいきなり担ぎ上げた。

「ちょっと!…先生?」

サクラには答えず、カカシはナルトとサスケに声をかける。

「今日中に的当てぐらいはマスターしとけよ。じゃ、オレ達は帰るから」

唖然としているナルトを尻目にカカシはスタスタと歩き、その場を後にする。
サスケはちっという短い舌打ちと共に、去っていくカカシの背中に鋭い視線を投げつけていた。





見慣れない浴室でサクラはシャワーを浴びていた。

どうしてこんなことになっちゃったのかしら?
他所の家でハダカになるって、すごく恥ずかしい…気がする。

少し熱めのお湯で身体はすぐに温まる。
サクラは借り物のバスタオルで髪をの雫をざっと拭き取り、身体に巻きつけると浴室から出た。
カカシの匂いに包まれてすごく落ち着かないサクラは、まだ回っている乾燥機を一度止めると、服の乾き具合を確かめた。
予想通り、かろうじて乾いているのは薄い下着だけ。

…どうしよう?…

サクラはとりあえず下着を身に付け、その上からまたバスタオルを巻きつける。
そして、意を決めると脱衣所のドアを開けて、ひょっこり顔だけを覗かせカカシに呼びかけた。

「…せんせぇ。何か着る物、ない?」
「!!」

…ヤバイよ…サクラ、可愛すぎ。

「先生?」
「あぁ、チョット待ってて」

サクラの無防備な姿にクラクラしながら、とりあえず近くにあったTシャツとスウェットパンツを差し出した。
胸の前で片手でタオルを押さえ、ほんのりと桃色に上気した顔で受け取るサクラ。

あぁ、今すぐ押し倒したい…

不埒なことを考えて、その場で固まったまま動かないカカシに、サクラの静かな怒気を含んだ声が届く。

「先生…出てってくれないと着替えれないじゃない!」
「…ゴメンサイ」

やっとの思いで視線を逸らしてリビングへと向かうカカシに、サクラの声が追いかける。

「耳掻き、出しておいてよ?あと、あれば綿棒もね!」
「はいはい」
「はい、は一回!!」
「はーい」

だんだん遠くなっていくカカシの声を確かめてから、サクラはバスタオルに手をかけた。
急いでTシャツに袖を通すと、続いてスウェットパンツをはこうとしたが…やはり、サイズ的に無理があるようだ。
いくらカカシが痩せているからといっても、当然のことながらサクラのウエストとは比べ物にもならない。

…まぁ、いいか。

両手で持ち上げていないと、ストンと下に落ちてしまうパンツを諦め、サクラはTシャツのみで脱衣所を後にした。


「さあ、先生。耳掃除やるわよ!」

サクラの声に振り向いたカカシは、咥えていたドーナツを床へ落としてしまった。

「なにしてんのよ、もったいない」

慌ててドーナツを拾い上げるサクラを見下ろしながら、カカシは気が遠くなるのを感じた。
大きく開いた襟ぐりからはサクラの細い首と、白い肩に引っかかったスリップの肩紐が見え隠れしている。

『先生』という肩書きはこんなに無条件に信頼されるものなのだろうか…?
それとも…オレは男として意識されてない?
どうやったら、そんなに無防備でいられるんだ?
まさか、誘ってるってことは…ないよな、やっぱり。

カカシの大げさな溜息に、なにを勘違いしたのかサクラが振り返る。

「そんなに急かさなくても、ちゃんとやってあげるわよ」

Tシャツの裾を引っぱるように延ばすと、サクラはトコトコとソファまで歩き、一番左端に座った。
カカシにおいでおいでと手招きをして、さらに半分以上見えている太ももを指差して頭を置くように指示した。

ホントに……理性と本能の我慢くらべだな、今日は。

押し倒して、事を運ぶのはとても簡単なこと。
しかしそれでは、サクラの半分しか手に入らない。そう、身体だけ。
カカシは全てを手に入れたかった。サクラの心も身体も、全て。

少しずつ、ゆっくりと。
サクラの中にオレという存在を誰よりも強く溶かしたい…

カカシは苦笑すると、素直にサクラの指示に従った。





面布と額当てを外すと、まずは右の耳を上にカカシはサクラの膝の上へと転がった。

「よろしくお願いします」
「ん」

短く答えて、サクラはその小さな手をカカシの耳へと添えると耳掃除を始めた。
優しく動く耳掻きと、直接頬に触れる腿から伝わるサクラの体温が心地よく、至極幸せな気分に浸っていたカカシにサクラが声をかけた。

「いままでどうしてたの?」
「なにが」
「耳掃除。自分ではやんないんでしょ?」
「…え、と。…その…」

突然の質問に動揺するカカシに、察しよくサクラが呟く。

「ふぅん。彼女がしてたんだ」
「…以前はね。今は…」
「今は、いないんでしょ。この耳見ればわかる。…チョットすごいわよ」

忙し気に、でも優しく動くサクラの手に目を閉じたままカカシは顔をほころばせた。

「サクラがいるから」
「え?」
「サクラがいるから、いいの。他の誰もいらない」

一瞬、サクラは手を止めたが、何言ってるのよと軽く交わすと、耳元へ唇を近づけふぅっと息を吹きかけた。
カカシの全身にゾクゾクと快感が走り抜ける。

うわー…

そんなカカシを知ってか知らずか…(知らないのだろうケド)サクラはにっこりと笑って言った。

「はい、次は左の耳ね」

左の耳を上にすると必然的にカカシの顔はサクラの方へと向いてしまう。
流石にサクラも少し腰を引いたが、今度はカカシが気付かないフリをしてサクラのやわらかな下腹部へと擦り寄っていった。
薄いTシャツ一枚から伝わってくる、子供ならではの少し高めの体温が心地良い。

「ちょっと、先生…」

非難の声も無視を決め込み、ぴったりと張り付いてくるカカシが子供っぽくて。
サクラは諦めたように笑い、耳掃除を再開した。


大して時間は経っていないと思うが、うとうとし始めていたカカシにサクラのやわらかな声が届く。

「先生、終わったよ?」
「ん…」
「先生…寝ちゃ、ダメ」

サクラの膝の上でカカシがもそもそと動く。
強引に腰へと回された腕にぎゅっと抱きしめられ、サクラが驚きの声を上げた。

「先生!!」
「お願い、5分でいんだ…眠らせて。昨日、一睡も出来なくて…」

そう呟く声もすでに夢の中のカカシに、サクラはそっとカカシの髪を梳いた。

不思議なカンジ。
先生って、意外に子供っぽいのね。

くすくすと笑いながら、更にカカシの髪を梳く。
意外にやわらかな青銀の髪が、サクラの腿に流れて落ちる。
規則正しい寝息を聞きながら、サクラは何故か嬉しくなった。

自分にだけこういう姿を見せるのなら…なんだか、とても嬉しいの。
愛しいってもしかしたら…こういう気持ちなのかもしれないね。

「耳掃除ぐらい、これからは私がしてあげるわよ。ずっとね」

カカシが聞けば嬉しさのあまり気絶するであろう、意味深なサクラの呟きは。
すっかり寝入ってしまっていて…カカシの耳に届かなかった。 












みやちゃんへ捧げます。

ぎゃー!!すみません。
遅くなったうえに、こんな訳のわかんないSSで…
甘甘カカサクSS…リクに合ってますか?不安。
とりあえず。2222HIT、有難うございました。


2002.02.17
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ