オトナになる方法




「うーん」
「なんなのよ、その間の抜けた返事は!」
「だってなぁ…サクラ」

唐突なサクラの『お願い』にカカシは面食らっていた。

とても正気だとは思えない。
…セックスの、相手をしろだなんて。
まだ十二だろ?

顎に手を当てたまま考え込み、はっきりしないカカシの態度にサクラが苛立つ。

「だってもくそもないわ!返事は二つに一つ、YesかNoかだけよ!!」
「…No、って言ったら?」
「他をあたるわ」
「…」

他ってドコだよ…?
こんな『お願い』を他の誰かにするって?
それこそどうなることやら…わかってんのかねぇ、この子は。
世の中にはとんでもないヤツもいるんだぞ?

カカシは何故だかムッとする感情に包まれる。

「どっち?!」

そんなカカシを他所に、サクラが返事をせかして地面を踏み鳴らした。

「…わかったよ。ワ・カ・リ・マ・シ・タ!オレが相手させて頂きマス」

とりあえず他へ行かれるよりはマシとばかりに叫んだカカシの了承の言葉にサクラが微笑む。
それは『ニッコリ』ではなく、『ニンマリ』と表現するのが一番相応しいモノだった。

「じゃ、あとで先生んトコ行くからね!ちゃんと家に居てよ?」

カカシの返事も聞かないままサクラが走り去ると、その場にカカシだけが一人ポツンと取り残された。

近頃の子供はみんなこうなのかねぇ?
何考えてるんだかさっぱりわからん。
それにしても…成り行きで引き受けちゃったけどさ…
オレ、ガキ相手に勃つか自信ないよ。

「はぁー…」

カカシは長い長い溜息と共に、まだ提出前の報告書を弄びながら途方に暮れた。










それからきっちり三時間後の今…カカシはサクラを家へと招き入れるに至っている。

「なんでオレなの?」

玄関で靴を脱いでいるサクラを見下ろしながらカカシが尋ねた。

「…担当の上司だから」
「あ、そぅ」

自分に処女喪失を頼んだことにやはり深い意味は無いらしい。
わかっていたこととはいえ、あっさりと答えられて気が抜ける。

何を期待してんだよ、オレは。
好きだからとでも言って欲しいのか?

カカシはあまりにもばかばかしい考えに肩を竦めた。
とりあえずリビングに案内し、ソファを勧める。が、サクラは座ろうとはしない。

「ご飯は?」
「食べてきた」
「…何か飲む?」
「いい。…それより、シャワー貸りたいんだけど」
「ドーゾ御自由に」

どこ?と瞳で訴えるサクラにカカシがその背後をゆび指す。

「タオルはその辺にあるの勝手に使っていいから」
「ん。わかった」

いつもにも増してそっけない会話は『これから起こること』を妙に意識させる。
パタパタとスリッパを鳴らして遠ざかっていくサクラの後ろ姿を見送りがら、カカシが大きな溜息をついた。

…やっぱり本気なのかねぇ?
ま、少し怖い目をみれば懲りるデショ。

勝気で意外と頑固なサクラのことだ、『駄目』の一点張りでは引き下がるわけがない。
サクラから『やっぱりやめる』と言わせる為、少々手荒いまねも必要かもしれないとカカシは考えていた。










ドキドキドキドキ……

自分の心臓の音しか聞こえない。
緊張のあまりフッと意識が飛びかける。
壁に背を預け、サクラは大きく息を吸った。
鏡に映る自分の顔は青白く、病人のようだ。
指先が冷たい。

担当の上司だから、ですって?!
我ながらよく平然と嘘が吐けるものだわ…女優になれるかも。

サクラが皮肉な笑みを浮かべると、鏡の中のサクラもまた笑う。

「ヤな顔」

他の誰かにあざ笑われているようでサクラは手にしたタオルを鏡に向かって投げつけた。





つい、先日のことだ。
カカシに頼まれ上忍控え室まで書類を届けた帰り、ある教室の前を通りかかった。
くノ一が集っての講義が行われた後らしい。
女だらけの教室は解散後もすぐに人は減らず、数人のグループを作り各場所で雑談が繰り広げられていた。

「はたけ上忍っていいわよねー」
「うんうん!」

教室から漏れてきた会話にサクラの足がその場でぴたりと止まる。

はたけ、上忍?

「カッコいいし知的でクール!」
「今年もダントツ一位だったらしいわよ。例のアンケートで」

・・・なにソレ?

何のアンケートなんだかサクラにはさっぱりわからなかったが、カカシが意外に人気があるということは十分に理解できた。

「あのマスクの下の素顔ってどんなかしら?」
「見てみたいッッ」
「あら?あなた達、見たことないの?」

20代後半と思われる女性が輪の中へ入ってきた。

「それにアレもすごく上手よ」

得意げに語る女性に羨望の眼差しが向けられる。

「えぇーいいなー。シタことあるんですか、はたけ上忍と」
「もちろん」

サクラはその妖艶な笑みに吐き気すら感じた。
嫌だ、と思う。
サクラの中にどす黒い感情が渦巻き、体中の血液が沸騰する…そんな錯覚に見舞われる。

カカシ先生は私の先生なんだから!

もう少し…あと少し大人になったなら…
自分の告白を真剣に受け止めてもらえる歳になったなら…
そうはやる心を落ち着かせ、今まで押し殺してきた感情。
カカシへの告白。
『好き』という気持ち。
それがサクラの中で一気に爆発する。

サクラはいつの間にかその場から全力で走りだしていた。

オトナになりたい。
傍にいたい。
恋人になりたい。
愛されたい。

…先生が、欲しい。





肩紐をずらすとストンと床までワンピースが滑り落ちた。

はは。
自慢できるのって肌の白さぐらいね…

膨らみかけた胸は穏やかな隆線を描きかろうじてその存在を示す。
僅かなくびれに棒きれのような足。
まだ自分は十二なのだ。
当然といえば当然な身体に、しかし深い溜息が漏れた。

…貧相な身体。

自然と涙が滲む。

そりゃー変化の術で身体を変えることも考えたわよ。
でも、そんなの私じゃないから…

これ以上鏡を見ているとなけなしの勇気すら消し飛びそうだ。
サクラは最後に残っていた下着を剥ぎ取り…浴室のドアを開けた。










「なんでセックスしたいのか聞いてイイ?」

ベットの端に腰掛たカカシが寝室の戸口にバスタオル一枚で突っ立ったままのサクラに話しかけた。

「早く大人になりたいの」
「…それだけ?」
「悪い?」
「…セックス=大人、じゃないデショ。賢いサクラなら解ってると思うんだケドなぁ」

カカシはサクラに近づくと腰を屈めて顔を覗き込むように額をコツンと当てた。

「今なら間に合うよ?…やめにしない?」
「絶対、嫌」

優しく諭すカカシを軽く睨みつけながらサクラは即答する。

「どうせ、こういうコトもするんでしょ?別にイイじゃない…」

サクラがボソリと呟いた。
瞳を逸らすように俯いたせいで表情はよめない。
カカシが不思議そうに聞き返した。

「『こういうこと』?」
「くノ一の、アレよ。『官房術』っていうの?」
「あぁ…アレね」

苦笑しながらもカカシは誤魔化さず肯定した。

「確かに。でもアレは十五になってからだよ。サクラ、まだ十二だろう?」

早すぎる、と暗に語るカカシにサクラは顔を上げ、射すような視線を向けた。

「どうしても今すぐにオトナになりたいのよッッ!」
「だからなんで?」
「…どうしてもって言ったでしょう?!」

取り付くしまもないなぁ。
じゃ、作戦そのニ。
少々怖がってもらいましょうか。

カカシはサクラの足をすばやく払い、床へと転がした。

「じゃ、さっさと終わらせよう」

言葉どおり甘い雰囲気などどこにも存在せず、事務的にコトを運ぼうとするカカシがサクラの身体からバスタオルを引っぺがす。
驚きのあまりサクラは悲鳴を上げる間もない。
ただ、大きな瞳をさらに大きくしてカカシを見つめた。
前戯も何も無く…ただ膜を破るという行為。

「指で充分だよ」

そう言って強引に股を割って入った手がサクラの秘所に触れる。

「こんなの…こんなの違うッッ!」

サクラの叫び声にカカシが動きを止めた。

「どう違うのさ?」
「違う!!…違うの…」

両手で顔を覆って泣き出したサクラにカカシは着ていたジャケットを羽織らせるとベッドへと運ぶ。

「ちょっとそこで待ってろ」

そういい残すとカカシは寝室から出て行った。





戻ってきたカカシの手には湯気の立つマグカップがあり、それをサクラに差し出した。

「ホラ、好きデショ?それ」

甘いイイ匂いが鼻をくすぐる。
カップの中身はミルクティーだった。

「…先生、紅茶飲むの?」
「いや。サクラが今日来るって言っただろ?だから帰りに買ってきたの」
「わざわざ?」
「そう、わざわざ。だから飲んでくれないと困る」

まだ時折しゃくりあげながらサクラはゆっくりカップに口をつけた。
コクンと一口飲むと程よい暖かさがじんわり身体に広がり、サクラはほっと息をつく。

「落ち着いた?」
「…ん」
「何でこんなこと言い出したのさ?セックスしろ、だなんて」
「だって…」

俯いて口をつぐんだサクラをカカシは辛抱強く待つ。
カップの中身が半分になり、残りがすっかり冷えてしまった頃、ようやくサクラが意を決して顔を上げた。

「…好き、なの」
「知ってるよ。紅茶が好きなのは前に聞いたから」
「好きなの…先生……」
「え?」
「先生が好き」
「…オレも好きだけど?」
「そーいう好きじゃなくって!私が言ってる『好き』は『愛してる』のほうよ!!」
「は……?」

予想外の展開にカカシはあんぐりと口をあけたまま固まった。

「ホラ、信用してない。それとも困ってる?こんな子供に告白されて…」

堰が切って落とされたようにあふれ出す想いを止められず、サクラは一気にまくし立てた。

「だからオトナになりたかったの。先生に真剣に受け止めてもらうために、早くオトナになりたかったの!」

感情を高ぶらせ、再びぽろぽろと涙をこぼし始めたサクラにカカシが手を伸ばす。
大きな手はそのままゆっくりと優しくサクラを引き寄せた。

「サクラ…」
「先生の馬鹿!何か答えてよぅ」

困ってる。
正直に言えばそれが一番正しい。
どう対処していいのかわからないし。
…でも別に嫌じゃない。

「オレの中でサクラはついさっきまで大事なかけがえのない部下…というよりは生徒だったよ。ただ、そういう気持ちで…恋愛対象としてサクラのことを見たことがないだけで…ちょっと待って。今、考えてみるから」

出来るだけ誠実に…どんな答えであろうとそれが一番サクラを傷つけないとカカシは思う。
サクラを胸に抱いたまま、カカシは自問自答を始めた。

サクラはどう?
サクラは…可愛い。
少し短気だが面倒見の良い優しい性格だ。
時折見せる小悪魔的な笑顔がイイ。
そうだな、結構好きなタイプかも。

見方を少し変えてみようか…

もしサクラがいなかったら?
そんなの質問にならない。却下。

別の上忍の担当だったら?
いやだなぁ…ソレ。

誰かがサクラに官房術を教える?
そんなのとんでもない!!
…考えるだけで腸が煮えくり返る。
大事な大事なサクラだぞ?
どこの誰ともわからないヤツにくれてやるわけにはいかないだろ!って…え…?

たどり着いた自分の気持ちに驚く。

そういえば…ナルトやサスケがサクラに話しかけるのもいい気はしないよな。
ってことは…こりゃもう疑いようも無い。
オレもサクラが『好き』だわ。

憑き物が取れたように急に笑い始めたカカシを顔を上げたサクラが訝しげに見つめる。

「オレも好きみたいだ」

カカシが発した言葉をサクラが理解するのに暫くの時間を有した。

「…え?」
「え?じゃなくてさ、オレもサクラが好きだって言ってんの」
「ホントに?」

上目遣いでたずねるサクラにカカシがうんうんと頷く。

「ホントにホント?」
「しつこい!!」

カカシがサクラの背中に回した腕に力を込めた。

「オトナじゃなくてもちゃんとサクラが好きだよ?」
「…うん」
「だから、そんなにあわてなくてもいいデショ。今すぐにオトナになる方法なんてないんだから」
「うん」

素直に頷くサクラの頭をくしゃくしゃと撫で、カカシはサクラを解放した。

それにしても成り行きとはいえ、すごい格好してるよな、サクラ…

折れそうに細い華奢な身体。
不似合いなカカシのジャケットから伸びる手足。
桜色の頬に…自分を見上げる大きな翡翠の瞳。

あ。
勃っちゃった。
さっきまでなんともなかったのに…好きだって意識した途端、これだもんなぁ。
でもああ言った手前、もう暫くは辛抱しないとね……

「さて、と。家に帰りますか」

身体の変化を悟られないように気を使いながらサクラを促す。

「…」
「え?何?聞こえなかった」

サクラが真っ赤な顔で何やらボソボソと呟いた。
聞き返したカカシにもう一度呟く。
今度は何とか聞き取れた。

「今日はいののトコに泊まることになってるの。だから…」
「だから?」
「…今夜、一緒に居てもイイ?」

カカシは返事の代わりにサクラの頭から毛布を引っ掛けると布団の中へと引きずり込んだ。
明日は遅刻しないで済みそうだな、と呟いて腕の中の小さな恋人の額に軽く口付ける。

「おやすみ、サクラ」
「オヤスミなさい。先生」

寝れるかどうか…わかんないケドね。
拷問だな、こりゃ。


葛藤を繰り広げるカカシの腕の中、眠りに落ちながらサクラが祈る。
明日の朝、目が覚めても夢じゃありませんように…と。





…私を見て
そして、私以外を見ないで

…私に触れて
そして、私以外に触れないで

私の傍にいて
…ずっとずっと私だけの傍に

急いで大人になるから…
だから待ってて











2003.01.22
まゆ



2009.06.14 改訂
まゆ