Love Love Love




去年はそんなこと全然気にならなかったのに…不思議。










サクラは報告書を提出するためにアカデミーの敷地内にある受付へ足を運ぶカカシに引っ付いてきた。
アカデミーの図書室へ寄るという名目で。
いや、実際のところ本当に借りていた忍術書を返却するという用事はあったのだが。
それでも…そういった理由がないと一緒に帰りたいだなんて言い出せなかったサクラは、とりあえず計画どおりにコトが運んでほっと胸を撫で下ろした。

しゃーんなろー!
今日は気張るわよッッ

アカデミーの門で別れた時、お互いの用事が終わったら中庭のベンチで待ち合わせる約束をしていた。
どうして中庭かと言うと…あまり人が来ないから。
モテるカカシが他の女の人にチョコを手渡されないよう考慮してのことだった。

去年はそんなこと全然気にならなかったのに…不思議よね?
カカシ先生には誰からもチョコを貰って欲しくないの。
これってやっぱり私のワガママ?



そう。
今日は2月14日。
恋する乙女にとって何より大事な勝負の日!












去年は沢山の義理チョコと本命チョコを一つ用意した。

お父さんでしょ、イルカ先生でしょ、サスケくんとぉ…リー先輩に、おまけのナルト。
…あと、カカシ先生。

指折り数えてサクラはくすりと笑った。
その年の本命チョコは当然サスケへ渡されたのだが、今年のは違う。
去年の義理チョコメンバーから格上げされた人物。

はたけ カカシ。

その名を口にするだけでサクラの頬はほんのりと紅色に染まった。
普段はそんなことおくびにも出さず、それどころかサスケくんに言い寄るフリまでしたりして…サクラなりに隠し通してきたこの想い。
バレンタインというイベントに背中を押され…今日、告白をする予定だ。

この恋は本物だと思う。
サスケくんを好きだったことが偽物だというのではなくて…
この恋は、トクベツ。

サスケくんの前ではね、私…カッコ悪いトコなんて見せられなかったの。
いつもいつも頑張ってた。
…もちろん、今もだけど。
でもね。
不思議と先生の前だとそうじゃなくなるんだ。
泣いて、笑って、怒って、ワガママ言って…飾らない自分でいられるのよ。
これってちょっとスゴくない?

先生の持つ雰囲気がそうさせるのか、ただ単に私が甘えてるだけなのか…
そんなことはどうでもいい。
重要なのは先生がいつだって私の隣にいてくれてる現実。
隣にいて…優しく包んでくれてるって、私が感じてることなのよ。

そのことに気付いた時、先生は私の『トクベツ』になった。



だから…だから、この恋はトクベツ。










早々に忍術書を返し終え、サクラは廊下へと飛び出した。
真っすぐ長い廊下を足早に歩く。

中庭への最短ルート。
揺れる小さな手提げ鞄の中身はカカシに渡すチョコレートのみ。
サクラは緊張と興奮でばくばくいってる胸の鼓動を静めるため、軽く息を吸い込んだ。

大丈夫よ、サクラ。
いつもみたいに話すの。
普通にね!

外に面したガラス窓が北風にカタカタと鳴った。
冷たい風の流れを感じ、サクラがそちらを見やると一箇所だけ窓が開いている。

「寒ーいッ」

思わず立ち止まり自分自身を抱くように身を震わせたサクラの視界に…突如、青銀の影が映りこんだ。

「ヤダ、先生…もう来てるじゃない!!」

窓に駆け寄り、声を掛けようとしたサクラ視界に嫌な光景が映る。
カカシに女の子達が近づいていた。

先越されちゃうッッ
こんな所で覗いてる場合じゃないわよ!

身を翻したサクラは中庭へ向かって全力疾走しはじめた。










報告書を提出し、中庭のベンチまで約5分という早業で到着すると、カカシはほっと息をついた。

良かった。サクラはまだだね。
こんな寒い日にサクラを待たせるわけにはいかないからなー。

サクラより早く辿り着いたことに安堵し、とりあえずベンチに腰を下ろす。
座るとき、『ヨイショ』と思わず声が出てしまってカカシは一人苦笑した。
サクラが居たらオヤジくさいとまた非難されるところだ。

サクラ、早く来ないかな?

カカシは僅かな待ち時間の間、ニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべてこれから後のことを想像し始めた。

まず、そうだなぁ。
真っ赤になったサクラが恥ずかしそうにチョコを差し出すだろ?
それでもって『好きです。先生!』なんて…そんなこと言っちゃったらオレもう何するかわかんねーな。
今まで我慢してた分、抱きしめてキスの一つや二つ…いやいや、そのまま家へ『お持ち帰り』ということも?

「嬉しそうですね?何か良いことがあったんですか?」

邪な妄想にすっかり浸っていて、人が近づいたことにも気が付かなかったカカシはあわてて顔を上げた。

「…何か用?」

見たこともない、多分中忍だろうと思われる女が3人、カカシの目の前に立っていた。

「用…って、随分と探したんですよ!今日は14日…バレンタインです」
「それで?」
「チョコを…」
「いらない」

話す言葉を遮る様にキッパリと拒否する。

「去年は貰ってくれたじゃないですか?!」
「そうだっけ?覚えてないな」

3人に交互に話しかけられ、カカシはだんだんイライラして来た。

いらないって言ってんのに!
早く帰ってくれよ…
オレはサクラを待ってるんだから。

「受け取るだけでも…手作りなんです!」
「余計、嫌。キモチワルイ」
「え?」
「だって、何が入ってるかわかんないデショ」
「そんな…じゃ、コレどうすればいいんですかッ」
「棄てれば?」

極めつけの冷たい一言に女の子達は信じられないという表情を残して走り去る。
その姿を目で追うこともなく、カカシはサクラがやって来るであろう方角に顔を向けた。

「…サクラ?」

木陰の後ろに気配を感じる。

「どうしたの、サクラ。出ておいで?」

動こうとしないサクラにカカシの方から近づいた。

「…先生」
「何?」
「なんでもない。…私、帰るね!」
「ちょっ…と……サクラ!!」

慌てて手を伸ばし、走り去ろうとしたサクラの腕を掴み取ると強引に引き寄せる。
顔を覗き込むと瞳いっぱいに溜まった雫が今にも零れ落ちそうだった。

「なんで泣く?」
「…」

サクラは何も答えず、ふるふると頭を振った。

いらない、って。
棄てれば?って…
そんなこと言われるってこと…考えてなかった。
自分がどんなに先生のことが好きでも先生も同じとは、限らないのよね。

拒絶される可能性を全く考えていなかったサクラはただ泣くしか出来ず、カカシに優しく言葉を掛けられてもどうしていいか解らなかった。

「サクラ?」

カカシは屈みこむとサクラに視線を合わせた。
ふわりと甘い匂いが鼻をつく。

「今日はバレンタインだよねぇ?」

カカシの言葉の意味するところが理解できず、サクラは足元の地面を見つめたまま。

「…そのチョコ、誰にあげるの?」

サクラははじかれるように顔を上げ、同時にバッグを持つ手にも力を入れた。

「やっとこっちを向いた」

カカシはにっこり笑ってサクラが胸の前で握り締めているバッグを強引に取り上げると、中からラッピングされた小さな包みを取り出した。

「あ、駄目!」
「駄目じゃないよな?オレのだもの」

きっぱりと言い切ったカカシにサクラは目を丸くする。

「違うの?」
「…違わない」
「デショ」

カカシの手によってリボンが解かれ、箱が開けられる。
そのまま止める間もなく口へ放り込まれていくチョコをサクラは目で追った。

「…それ、手作りなの」
「うん?美味いよ」
「…気持ち、悪く…ない?」
「全然」
「え?だって、さっき女の子達に…」
「あのねぇ、サクラ…あの子達と自分を一緒にしないでくれないか」

カカシは呆れた口調でガックリと肩を落とした。
   
「よく覚えておいて、サクラ」

カカシは両手でサクラの頬を包み、熱を測るようにコツンと額を当てた。
お互い嘘のつけない距離で瞳の中を覗き込む。

「オレはサクラが差し出すものなら何でも食べるよ。たとえそれが毒だとしても、ね」

それって…。
それって……最上級の殺し文句だわ。

「先生が好きです」

サクラの告白に、カカシのいつもの優しい笑顔が満面の笑みに変わった。










一つずつゆっくりとオトナへの階段を登る小さな恋人のために…
今日のところは二人、手を繋いで帰ろう。

サクラとなら…それも新鮮で悪くはない。











2003.02.14
まゆ

2009.03.22 改訂
まゆ