害虫駆除




会計を済ませた品物を、カゴからスーパーの名前が入ったナイロン袋へと移しかえる。
そんなサクラの後姿を見つけたいのは背後から飛びつくようにして、彼女の手元を覗き込んだ。

「サークラ!何買ったのぉー?」
「いの!重いッ!!」
「…って、何ソレ?バル○ン?…アンタねぇ、花の乙女が休日にそんなもの買うんじゃないわよ。ゴキブリでも出た?」

背中に乗っかったままのいのを振りほどきつつ、サクラはカゴに残った最後のスプレー缶…キ○チョールを袋の中へ放り込んだ。

「私の部屋にゴキブリなんて出るわけないでしょ。これはカカシ先生の部屋で使うの!」
「へぇ?いかにもってカンジ…でも、なんでそれをアンタが買ってるわけ?必要なら本人が買うでしょーが」
「…普通ならね。先生ったら放っておくとご飯もろくに食べない人なんだもん。その辺にゴキブリがいたって自分に害が無ければ気になんかしないわよ!」

例えそれが新種の虫でも…と小さく呟いて出口へ歩き始めたサクラの隣に並んでいのも付いて来る。
彼女は何を買ったのだろうと視線を落とせばカサカサと揺れるスーパーの袋の口から雑誌で特集が組まれていたヘアパックのラベルが見えた。
自分の袋には害虫駆除剤。
ホント…この差は何なんだろう。

「彼女とか、居なさそうよね」

いのの呟きにサクラはカカシの部屋を思い出す。
さりげなくトイレや洗面所でチェックを入れたが…確かに女の気配の欠片も見つけられなかった。

「うん。それっぽい。実は昨日ね、ナルトとサスケくんと泊まりに行ったんだ…先生ん家」
「…マジ?」
「ふふふ。マジよ!サスケくんとラブラブお泊りー!!」

当然、宿主はサスケではなくカカシだったのだが…サクラはそのことをすっかり頭の中から追い出して得意げに告げた。

「抜け駆けしない約束でしょ?!」
「そんなの知らないもーん」

ふいっと顔を背けたサクラの髪が風になびいた。
露になった細い首にいのの瞳が釘付けになる。
よく確かめようといのはサクラの顎を掴んで上を向かせた。

「何コレ!」
「…え?あぁ…どうも虫に刺されたみたいなのよねぇ。カカシ先生ん家で」
「はぁ?」
「痒くは無いんだけど…って、ねぇ、聞いてる?!」

顔を近づけてまじまじと見られると心配になってくる。
やっぱり薬とか塗った方が良かったのだろうか?
サクラはいのの手から逃れるように一歩下がると上目遣いに彼女を見上げた。

「…いの?」
「アンタさぁー…ソレ、何かわかんないの?」
「いのにはわかるの!?まさか新種の虫だったりしないよね?」
「…新種の虫って…」
「病院へ行くべき?!」
「…必要ないでしょ」

呆れて物も言えないとばかりにいのは首を横に振った。
サスケくんがこんなことするはずない。
ナルトは問題外。
となれば犯人はおのずと決まってくる。

…あのエロ上忍!!
そりゃ、サクラとは恋のライバルだけどさ。
それとこれとは話は別よッッ!
アタシの大事なサクラによくも手を出してくれたわね!

「いのぉー…」
「大丈夫だって。でも、そんなモン効かないわよ」

自腹を切って買った害虫駆除剤を指差され、サクラはがっくり肩を落とした。
しかし、いのがそれを慰めるように言葉を続ける。

「でもその虫の駆除の仕方は紅先生が知ってる」
「紅先生が?!良かったー!じゃ、薬もわかるよね?…実は刺されたの、首だけじゃなくってさ。ホラ、ココ見てよ」

サクラが着ているTシャツの襟ぐりを引っ張っていのの目の前にその肌を晒した。
首のそれより薄いが、数箇所に及ぶ赤い斑点ははっきりとわかる。
いのは怒りに震える拳を握り締めて叫んだ。

「アタシ、今から紅先生の所へ行くわ!いいこと?サクラは真っ直ぐ家に帰るのよ」
「え?私も行くって。自分のことだし」
「いいから!アンタは今すぐ帰りなさい!!」

いのの剣幕に押されてサクラはこくこくと頷いた。
それを確認して、いのは踵を返す。
そして紅の元へと一目散に走りだした。










…それは、ほんの少しのイタズラ心だった。

『親睦を深める』という名目で、お泊りセットを携えてカカシの家に突然押しかけてきた三人の子供達…いや、一人は他の二人に無理やり連れてこられたようだったが…が、ようやく寝息をたて始めた。
狭い部屋に敷き詰めた布団はもちろん人数分足りなくて。
仕舞い込んであったコタツ布団まで総動員する羽目になったのだけれど…それはそれで彼らは楽しんでいたように思う。
足の踏み場に気をつけながら、カカシは自分の寝床を確保しようと大の字に寝転がるナルトを足で壁際へと押しやる。
ふと顔を上げるとサクラがころんと寝返りを打つのが見えた。
当然のように一人でカカシのベッドを占領した彼女は猫みたいに丸くなって眠っている。
カカシはそっと屈み込んでサクラの長い髪を指で梳いてみた。
日頃彼女が自慢しているその髪に一度触れてみたいと思っていたから。
起きる気配は無い。
手入れのいきどどいた紅色の髪は絡まることも無くさらさらと滑り落ち、彼女の顔を覆い隠す。
息苦しさを感じたのだろうか?
サクラが、ん…と吐息のような声を漏らした。
カカシが慌てて顔にかかる髪を掬い上げる。
そこに現れたほっそりとしたうなじに目が留まり…
月明かりに照らされて闇に青白く浮かぶうなじに、カカシは自分がある種の興奮を感じていることに気が付いた。
馬鹿馬鹿しいと苦笑しつつもそこへ引き寄せられていくことを止められない。
唇で、子供特有の少し高い体温を確かめて…カカシは滑らかな肌をキツク吸い上げる。
僅かに身じろぎしたサクラは、しかしまだ眠ったままで。
カカシは更にはだけた胸元へと顔を埋めた。



いやに明るい満月を見上げる。
頭の片隅で吸血鬼ってこんなカンジなのだろうかとふと思った。










昨夜の自分はどうかしてた。
うん。
ホント、どうかしてた…

時折大きな溜息を吐きながら、カカシは通りを歩いていた。
買い置きしていた食料は突然の訪問者達によって全て消費されてしまった為、予定外の外出だった。
とりあえずスーパーにと向かった先で今朝別れたばかりのサクラを見つけた。
カカシにとって今一番会いたくなかった少女だ。
隣には山中いのもいる。と思ったら何やら慌てて走り去っていく。
ぼぅっとそれを見送っている間に、カカシはサクラに見つかってしまった。

「あ!カカシ先生…先生も買い物?」

側まで駆けてきてサクラが尋ねる。
いつもと変わらないその態度に、カカシは首を捻った。
今朝別れた時とサクラの服は違っている。
てことは自宅に戻った後着替えたハズだ。
まさか、気が付かなかったのだろうか?

「…まぁ、そんなとこ。じゃ…急ぐから」

カカシは視線を合わせないようにして、かろうじて声だけ出した。
昨夜のことを突っ込まれる前に立ち去ろうと別れの言葉を付け足したが、サクラには通用しなかった。

「ちょうど良かった!これあげる」

強引に押し付けられた袋の中身を確認して、カカシが眉を顰める。
害虫駆除で有名なメーカーの品物が数個入っていた。
何故こんなものを渡されるのだろう…?

「昨日、先生ん家に泊まった時に虫に刺されたみたいなの、私」
「…はい?」

思わず声が裏返ってしまったカカシの動揺に気付きもせず、サクラはカカシの目の前で髪を掻き揚げて見せた。

「ほらね。赤く痕になってるでしょ?」
「そ、だね。…もしかして、ソレ…ご両親にも見せた?」
「ううん。さっき、いのにだけ」

それが何か?と視線で問われ、カカシは慌てて何でもないと慌てて両手を振る。
サクラの『勘違い』はカカシにとって予想外の朗報だ。
山中いのも気付いてないのでは?と、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、次の瞬間のサクラの台詞にカカシは心臓を鷲掴みにされる。

「いのはどんな虫か知ってたみたい。紅先生に知らせてくるって…走って行っちゃったのよ」
「…そう」

よりによって紅に告げ口ですか…。

ゆらりと倒れこむように道路に蹲ったカカシは頭を抱え込む。
遥か頭上から自分を心配するサクラの声が聞きこえてきた。

「先生、気分悪いの?大丈夫?!」

大丈夫なわけ、ないデショ。
紅に知られたとあってはくの一全員に知られたも同然だぞ?

しかもあることないこと誇大された噂になってることは間違いない。
こんなことならあれだけで我慢するんじゃなかったなんて思う自分がいることに気が付いて、カカシは大きく頭を振った。











久しぶりに12歳サクラで。

2006.03.06
まゆ



2008.11.30 改訂
まゆ