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「サクラ!」

解散を告げた直後に二つの影が散開したのを見届けてから、カカシは一人取り残されたサクラに声を掛けた。

「何?先生」
「いやー…その、なんだ…」

カカシは僅かに視線をずらせてガシガシと頭を掻いた。
嘘も方便、言い訳をさせたら右に出るものはいないカカシにしは珍しく言いよどんでいる。

「何よ?」
「だから…」
「先生?」

訝しげにサクラがその形の良い眉を寄せた。

「あー…食事でも、どうかと思って」
「奢り?!」

間髪いれず誘いに飛びついてきたサクラに、カカシはほっと胸を撫で下ろす。
断られる可能性を十二分に考慮していたため、頬が緩むのを押さえきれない。

「そりゃー、もちろん。サクラの好きなものを好きなだけドウゾ」
「やったー!!行く行く!」

カカシに向かって満面の笑みで答えた後、サクラはもうすでにかなり離れたところにある二つの背中に向かって大声を張り上げた。

「ねーっっ、ナルトもサスケくんも行くでしょぉー?」

え?
あのー…サクラ?
誘ったのはサクラだけなんだけど。

振り返って、何処に?なんて返してくるナルトの声を聞きながら、自分の計画が失敗に終わったことを知る。
カカシはガックリと肩を落とした。










「馬鹿ねぇ。計画性がないのよ、アンタって」
「はっきり言えばいいだろ?」

両脇を適度にアルコールの入った紅とアスマに固められ、カカシは反論も出来ないまま小さくなっている。

「…酒臭い」

ぼそり、と呟いたのはなけなしの抵抗だ。
どうしてこんなことになったのかとカカシは目の前の光景にがっくりと肩を落とした。

今日の任務は今年の仕事納めだった。
明日からは少ないながらも正月休みに入る。
カカシを含める上忍、及び特別上忍にはその間も任務をこなさなければならないが、大晦日から正月にかけての約一週間が下忍に与えられる唯一の長期休暇だ。

一週間もサクラに逢えないなんて!

人間とは欲深いもの。
少し前までは見ているだけで幸せだったのに、今ではその視界に入っていたくて、触れたくてしょうがない。
サクラが好きなのはサスケだと十分に解っているし、もちろん、自分のことなど恋愛対象ですらないはずだ。
それでもなお止まらないこの気持ち。

下手すれば無意識のうちに寝込みを襲いかねないんだよ…

あえない間の『欲望』にどうにか折り合いをつけるべく、ただサクラと二人きりでわずかな時間を過ごしたかっただけなのに。
気が付けば紅とアスマの班まで合流している。
視界の端に何故かイルカ先生の姿も見えた。

…もう、どうにでもしてくれ。

深い溜息を吐くカカシの服の裾をグイグイ引っ張りながら黒い瞳が覗き込む。

「ホラホラ、御覧なさいな。可愛いわね」

紅のグラスを持った手が差すほうを見たカカシはあまりの光景に眉間にしわを寄せた。
サスケを挟んでサクラといのが甲斐甲斐しく世話を焼いている。
鍋をよそった小鉢を差し出すサクラとそれを受け取るサスケ。
班を結成した当初に比べて柔和になってきているサスケの態度に一体どれだけの人間が気付いているのだろうか?
それはほんの僅かな違い。
そう、いつも二人を見ているカカシにしかわからないような……

サクラは、気付いている?

「カカシったら仏頂面になってるわよー」

紅の赤い色を纏った指先が面布を外しているカカシの頬をぷにぷにと突付く。

やってられないデショ!!

カカシは手元にあるグラスを勢いよく掴み、一気に飲み干した。

「ゲホッ、ゴホゴホッ……な…んだ、コレ?」

喉を焼く苦い液体に咽る。
よく見ると似たようなグラスがもう一つあり、どうもそちらが自分のもののようだった。

…じゃ、コレは?

「あ、それ!私のウーロンハイです」

いつの間にか下忍達の中から抜け出してきたイルカがカカシの向かいに座ろうとしていた。
やけに心配そうに見つめてくるイルカの、その姿がぐにゃりと湾曲し、騒がしい周りの声が不意に遠くなる。
そのままカカシの目の前は真っ暗になった。












「ホント、情けないわねぇ」
「うるさいよ」

クラクラする頭を抱え込み、カカシは座布団を敷き詰めた即席の布団に横になって薄い毛布を引っ被る。
誤って飲んだイルカのウーロンハイのおかげで無様にも倒れてしまったようだ。

「少しは飲めるようになったのかと思ってたわ」
「…ご期待に沿えずスミマセンね」
「皮肉を言わないの」

紅の声しか聞こえなかったところをみると自分を運んできたであろうアスマはもうとっくに居ないと思われた。
…友達甲斐のないヤツだ。

ぐるりと辺りを見回す。
どうやらこの部屋は女中達のまかない部屋らしく、宴会場からは離れているのだろう、騒がしい声は聞こえてこない。

もう、いいや。
ここに居れば見たくないものも見なくていいし。

何度も言うようだが今日はサクラと二人きりの予定だったのだ。
任務以外のプライベートでまで、サスケにべったりなサクラを見るつもりなど、カカシにはさらさら無かった。
…『サクラ』を充電するつもりだったのに。
溜息と共に吐き気をもよおし、カカシはぐったりとうつ伏せた。

「…気分悪い」
「はいはい。すぐに水を持ってきてあげるわよ」

そういい残して紅は部屋から出ていった。










手洗いからハンカチで手を拭きながら出てきたサクラは廊下でばったり紅と鉢合わせた。

「あらサクラちゃん。ちょうど良かったわ。お願いがあるんだけど…いいかしら?」
「何ですか?」
「これをね、カカシの処まで届けて欲しいの」

差し出されたのはミネラルウォーターのペットボトル。
それを見て不思議そうな顔をしたサクラは、先ほどアスマに抱えられるようにしてカカシがふらふらと部屋を出ていったことをすぐに思い出した。

さほど飲んでいるようにも見えなかったんだけど。
気分が悪くなったのかな?

「カカシ先生、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫!いつものことだから」
「いつも?」
「アイツ、ああ見えてもアルコールはてんで駄目なのよ」
「うっそー?!信じられない!」
「ふふふ。突き当たりを右に曲がった奥の部屋なんだけど…お願いね」
「はい」

立ち去りかけた紅が振り返り、再びサクラを呼び止めた。

「あ、そうだ!サクラちゃん。多分、気付いてないだろうから教えておいてあげるわ」

不思議そうに首を傾ける少女に、紅は意味ありげに艶やかな笑みを見せる。

「カカシのヤツが食事に誘いたかったのはサクラちゃん一人だけよ」

私、一人だけ…ってどういう意味だろうとサクラは首を傾げた。
その言葉だけで全てを理解するには…サクラはまだまだ子供だった。

「もしかして…先生そんなにお金持ってなかったとか?!どうしよう!」

深読みなど出来るはずもなく、一人パニックになっているサクラを見るとさすがの紅も苦笑せざるをえない。

「…カカシに同情するわ」

紅の呟きなど気にとめず、サクラは慌てて教えられた部屋へと走っていった。










何が食べたいって聞かれたから…カニって答えたの。
そう。
しかもタラバガニって言っちゃったのよぅ!

それで連れてこられたのがこの料亭だった。
ここならいいわと紅先生も太鼓判を押したとおり料理はすごくおいしくて。

だからきっと、すごく高い…はず。
成り行き上、全員分カカシ先生の奢りみたいだし…
(紅先生もアスマ先生も口をそろえてそう言っていたから)
私、なんて考えなしだったのかしら?
カニ鍋フルコース(デザート付き)を注文しちゃうなんて!

教えられた部屋を見つけ、サクラは襖が外れそうな勢いで引き開けた。

「カカシ先生!!お金足りる?!」

答えて欲しい相手はピクリとも動かない。
そういえば酔い潰れていることを思い出し、サクラは声のトーンを落とした。

「先生、お水持ってきたよ。…先生?…先生ってば!」

何度目かの呼び声にカカシはやっと上体を起こしサクラを見上げた。

「あ、サクラだ」

面倒くさそうに右手で額当てを外す。
面布も取っている今、カカシはサクラの前で素顔を晒し、しかも見たことのない優しい瞳で笑いかけてきた。

「…せんせぇ?」

真っ赤になって動きを止めたサクラに、ずるずると身体を引きずってカカシが近づく。

そうだ!
お水渡さなきゃ!

「お……ンッ!」

お水、と言いかけて薄く開いた唇を不意に塞がれ、サクラはその柔らかな感触に瞳を白黒させた。

「ん…ンンッ」

サクラの気が動転している間にも更に事態はゆっくりと、でも確実に進行していく。
割って入った舌がサクラのそれを絡めとり引き寄せて蹂躙する。
視界の端で何かが一瞬光ったが、そんなことは気にもならなかった。
ただ目の前の現実にサクラは身動きが出来ず、されるがまま。
髪を撫で回していた手が背中へと回された。
その手が更に下に降りてきて忍服の裾を持ち上げた時、やっとの思いでサクラはカカシを突き飛ばすことに成功した。
タイミングよく襖が開き、ナルトがひょっこり顔を出す。

「先生!!大丈夫かよ?」

その声にビクリと肩を震わせたのは薄紅の髪の少女のみ。
『先生』と呼ばれた人物は少女の傍で何の反応も示さずただうつ伏せに倒れていた。

「…あれ、何やってるの?サクラちゃん」
「いや、えっと。紅先生に頼まれてお水をね…」
「どうしたの?顔が赤くなってるってばよぅ」
「な、なんでもない!」
「ふぅーん。で、水は?」

何も持っていないサクラの手を見てナルトが不思議そうに訊ねる。
サクラが慌ててきょろきょろと探すとペットボトルは部屋の隅まで転がっていた。

「ははは。あんなところに…」

乾いた笑いで誤魔化しつつ、サクラはペットボトルを拾い上げてナルトに押し付ける。

「悪いけど、後はよろしく」

ナルトの返事を聞く前にサクラは廊下へと飛び出し、後ろ手でピシャリと襖を閉めた。
おかしなサクラの態度に一人残されたナルトは小首をかしげながらもカカシに近寄り…強引にその身体を引き起こす。

「先生!先生ってば!!ほら、水!!!」

胸座を掴んで揺すられ、カカシがうっすらと瞳を開けた。

「なんだ…ナルトかぁ」
「なんだじゃねーってば!水飲んで。あ、薬も。イルカ先生が渡して来いって」
「あぁ、有難う。…オレ、さっきすごくいい夢見てたんだよねぇ」
「へぇ?どんなヤツ?」
「んー…秘密」
「なんで?ケチ!」
「いい夢は人に喋ったら駄目なの!叶わなくなるデショ?」
「じゃ、叶ったら教えてくれよ」
「…叶ったらね」
「約束!!」

カカシとナルトがそんな会話を交わしている頃、襖一枚隔てた向こう側では薄紅の髪の少女がカックリと膝を折って座り込んでいた。
立ち上がろうにも身体に全く力が入らない。
震える指先で己の唇をなぞる。

今の、何?
今のなによぅ!
なんなのよーッ!!

…その場を動けないまま、サクラは真っ赤な顔で一人悶々としていた。










賑やかに食事を続ける下忍の中からいのを見つけると紅は静かに近寄った。

「いのちゃん。コレ、ありがとう。一枚使わせてもらったわ」

紅が差し出すインスタントカメラを受け取りながらいのは興味津々で訊ねた。

「何撮ったんですか?」
「内緒!」
「そんなこと言ってぇー、どうせ現像したときに見ちゃいますよ!」
「ふふふ。期待してくれていいわ!私の分も焼き増ししてね?」

その時を想像しているのだろうか…楽しそうに笑う紅に、いのは手の中のカメラに視線を落とした。
どんなスクープ写真がこの小さな箱の中に閉じ込められたのかと期待に胸を膨らます。
いのは悪戯を企む悪ガキのようにキラキラと瞳を輝かせて紅に告げた。

「明日、早速現像にいってきます!」










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2003.11.26
まゆ



2009.01.06 改訂
まゆ