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育てましょう、丹精を込めて。

そうすれば必ず美しい花が………





ことの始まりは先日の修行に遡る。

「今日は変化を練習するぞ」
「なんで今更そんなことするんだってばよ?変化ならオレ得意だから必要ないし」

カカシの言葉においろけの術で変化したナイスバディのナルトが腰をくねらせて不満を漏らす。
後ろの方でナルトに同意を示す、サスケの舌打ちも聞こえた。

「ばぁか。お前はそればっかりだろ?もっと多種多様な人物になれないと変化の意味ないデショ」

そう言いながらカカシは3人に何枚かずつ紙を配る。
全く相手にされなかったナルトはすごすごと元の姿に戻って紙を受け取った。

「…何するんだ?」

修行との関連性がわからず、受け取った白紙の紙にサスケの眉間のシワが増える。

「それに変化するものを書いてこの箱に入れろ。何でもいいぞ?」

何処からか出してきたのか、箱をカカシは3人の目の前に置いた。

「で、各自引き当てたものに変化してもらう。何が出てくるかはお楽しみ」

くじ引きの要領らしい。
なにやら遊びに似た修行に、サクラとナルトの2人はかなり乗り気になったようだ。
競って何かを書き込んでは箱へとねじ込んでいく。
とりあえず、サスケも一枚だけ書いた。

「よし。もういいデショ。順番に引け」
「はいはいはーい!オレからだってばよ!!」

片手を突っ込んでごそごそとかき回す。
引き当てた紙を広げ、ナルトは書かれた文字を目で追った。

「4人の子持ちのお父さん…ってなんだよ、おい」

サクラとサスケも各々の手元を見つめて呟く。

「10歳年くった自分?…それって変化なの?」
「…金髪の看護婦。ハタチ。サイズは上から87、54,87・・・誰だ?こんなの書いた奴はッ!」

握りこぶしを震わせながらサスケは当然のようにカカシを睨んだ。
誰だ?と問いかけるも、犯人など一人しかいない。
あらかじめこっそり紛れ込ませてあったのだろう。

「お!サスケ、当たりを引いたな。修行だからねー。文句言わないでさっさと変化するように」

にこやかな笑顔を浮かべたカカシの声にしぶしぶ3人とも変化に取り掛かる。
現れたそれぞれに、早速カカシが採点をはじめた。

「ナルト…それじゃ、『お父さん』じゃなくて『おじいちゃん』だぞ?…48点」

がっくりと肩を落としたナルトが元の姿に戻る。

「しょうがないってばよぅ。おれ、『お父さん』なんて知らねぇし」
「そんな言い訳は聞かなーいよ!日頃の観察力が足りないだけデショ」

カカシの言葉に同情は無く、ナルトはただふくれっつらで応えた。
しかし、下手に哀れみをかけられるより随分と気分が良い。

「サスケ、お前…何を参考に変化してるんだ?まるで看護婦コスのグラビアアイドルじゃないか。オレとしてはもうちょっと清楚な感じがいいな。しかも胸が2センチ足りないぞ?…72点」
「お前の好みなんかどうでもいいんだよ!」

はいはい、とサスケの不平を軽く受け流しながら今度は視線をサクラに移す。

「んー、サクラは…」

カカシの動きが止まった。

「あのー…先生。どこかおかしい?鏡がないからわかんないの。10年後って…多分こんな感じだと思うんだけど」

自分を見つめたまま何も言わないカカシに、サクラは大きなミスがあったのかと不安気な声で訊ねる。

「あ、いや。おかしくない。サクラはごーかく!変化を解いていいぞ」

カカシは平静を装って、お互いをののしり合っているナルトとサスケに向き直った。
二人とも自分のことに頭が一杯であまりよくサクラの変化した姿を見ていなかったようだ。
後々のことを考えると、それはカカシにとってかなり幸運な出来事だったといえた。

「お前らはやり直しな。次の紙を引けよ」

その一言に、サスケの心底嫌そうな舌打ちとナルトの弱音が聞こえた。



さらさらと流れる真っすぐな長い髪。
大きすぎない、むしろこじんまりとしているが形の良い胸。
澄んだ眼差しは今のままで…より知性が滲み出ている若葉色の瞳。
化粧などほどこしていないはずの紅い唇が「先生」と照れくさそうに自分を呼ぶ。

…反則。

今でも十分に可愛い部下のサクラ。
でもそれはカカシの恋の対象ではない。
しかし、その十年後の姿は………。

すぐ泣くけれど、芯は強く、情に厚い。
サクラの性格に申し分は無かった。
いい女になるのは目に見えている。

その日、カカシの心臓はなかなか平常のスピードに戻らなかった。










「お疲れ様でした」

受付でイルカが笑顔で迎える。

「どーも。コレ、今日の報告書です」

カカシはヨレヨレの紙を伸ばしもせずにイルカへ差し出した。

「確かに受け取りました」
「では」
「あ、カカシ先生!」

いそいそと出口に向かうカカシをイルカが慌てて呼び止めた。

「…何か?」

カカシがしきりと気にしている視線の先にはかつての教え子達がたむろっている。
これから皆で何処かへ行くのだろうか?

「いえ、大したことではないのですが…桜のことです」
「は?」
「最近桜を育て始めたと聞いて。…違うのですか?」

話が飲み込めてなさそうなカカシの顔に、イルカは首を捻りながらも話を続けた。

「つい先日、アスマ先生と紅先生が話されているのを小耳に挟みまして。確かカカシ先生の家の庭はそんなに広くありませんでしたよね?」
「ええ、まぁ」

イルカの口からアスマと紅の名前を聞いて、やっとカカシにもこの咬み合わない会話の理由がわかってきた。
イルカが何を誤解しているのかも。

「桜は日当たり、風通しともに良いところでないと駄目ですよ。それに最低周囲2、3メートルの余裕は欲しいです。大木になりますからね」

さくら、違いだな。
確かにサクラは育ててるけど、桜じゃない。
…アスマと紅の奴、どんな会話してんだよ?
今度逢ったらとっちめないと!

「桜は梅や松と違って剪定を嫌いますから…って、聞いてるんですか?カカシ先生」

カカシの苦笑はいつしか爆笑に変わっていた。

「聞いてます、聞いてますよ。それに虫が付きやすいんですよね?」
「そうなんです!」

わかってくれてます?、と言いたげなイルカの嬉々とした表情にカカシは天井を仰ぐ。
ナルトの園芸好きはイルカ先生の影響に違いない。

「ま、その話はまた後日。困ったことがあれば相談させてもらいます。今はあいつ等を待たせてるので」

そう締めくくり、カカシは放っておけば話が長くなりそうなイルカの元を離れた。



「遅いってば!報告書出すのに何分かかるんだよ!!」

ナルトがやっと戻ってきたカカシに人差し指を突きつけてわめく。

「すまん。で、今日は何するんだっけ?」
「今日は演習場で体術の修行だろ。何度も言わせるな」

相変わらず口の悪いサスケにカカシは肩を竦めた。
任務後、時間が余れば修行をつけて欲しいという部下達のたっての願い。
Dランクの任務しか与えられない現状では自分達の成長に不安を感じるのだろう。
ナルトとサスケ、この二人だけならカカシも断ったのだがサクラも参加するという。
無下には出来ない。

「はいはい。じゃ、サクっとやってサクっと終わらせますかねー」

カカシは伸びをしてダルそうに呟いた。
先に駆け出すナルトとその後に続くサスケ。
置いていかれたサクラが独りカカシの傍らに残る。

「あ、そうだ。サクラ、手ぇ出して」

カカシが何やら思い出したようにズボンのポケットを探った。

「何?」
「いいものあげる」

そういって取り出したのは凝ったパッケージの包み。
一見お菓子かと思ったが、手渡されたそれはおもったより重量があった。

「何、コレ?」
「米ぬか石鹸だってさ。紅が肌にいいって言ってたよ。沢山買い込んでたからサクラのためにひとつ貰ってきちゃった」
「ふぅーん?アリガト」
「どういたしまして」

サクラのお礼に対してニコニコ笑顔で答えるカカシを、サクラは不思議なものを見るような瞳で見つめていた。










「わ、このお肉美味しーい!」

任務を片付け、更に修行をこなすサクラの食欲は以前にまして旺盛だ。
ダイエットのダの字も言わなくなった。
今夜の夕飯のすき焼きの鍋を囲み、母と子、家族団らんの食卓。
父親は残業のため、今夜は帰りが遅い。

「高級黒毛和牛ですもの。お父さんの分も残しておいてね」
「奮発したんだ?」
「ふふふ。実はカカシ先生からのおすそ分け」
「え…また?」

今日のようなことは初めてではない。
むしろ最近頻繁に起こる。

「ねぇ、お母さん。カカシ先生がお肉持って来たの、いつ?」
「そうね…今日のお昼過ぎだったかしら?サクラも先生にお礼を言っておいて頂戴」
「うーん」

お昼過ぎって…任務中じゃない。
仮にも上司が任務をこなす下忍の監督を怠り抜け出すってどういうことなのか。
しかもなんでウチに差し入れに来てるのか…

はっと思い出したようにサクラはポケットから米ぬか石鹸を取り出した。
そういえば物もよく貰う。
先日は確かアロエ入り洗顔フォームだった。

…なんで?

訳のわからないことばかりでサクラは小首を傾げた。
考えてはみるものの理由など思いつくはずも無く、すき焼きの匂いによってすぐに思考も低下する。

まぁ、いいか。
お肉は美味しいし、お肌はツルツルだもの。
くれるって言うんだから有り難く貰っとけばいいよね?










呼び鈴を鳴らしてすぐにサクラの母は姿を現した。
玄関に佇む、見るからに怪しげな覆面の背の高い男に臆することなく、親しみの声で呼びかける。

「あら、カカシ先生!」
「今日はコレを…」
「いつも頂いてばかりで申し訳ないですわ」
「いいんですよ。この鯛だって知り合いから貰ったのですが一人ではこんなに食べきれないので…貰って頂けると私も助かります」
「では、遠慮なく頂きますね!」



サクラの母が受け取りやすいよう、カカシは今日も平然と嘘を吐く。
無論、サクラの母に差し入れている食材はカカシが厳選して購入したものだ。

この間は肉だったからねぇ。
カルシュウムも取ってもらわないと!

…朝、牛乳でも配達するかな?





肥料はやってる。
愛情も注いでる。
害虫駆除にも怠りはない。

だから…
早く大きくなってね、サクラちゃん!



『身体さえ成長すれば10年も待つ必要は無いだろう?』

…それはカカシの邪な狙い。












2004.04.11
まゆ



2009.01.06 改訂
まゆ