寝ても醒めても




この世に生まれてきてくれたことに感謝する。

彼女が目を覚ましたら、一番におめでとうを言おう!



「ハッピーバースディ…サクラ」










「やばい…寝過ごした」

ベッド脇のサイドテーブルにある目覚まし時計にちらりと目をやって、カカシは慌てて飛び起きた。
サクラが居たはずのスペースはとっくに冷たくなっており、代わりにキッチンからコーヒーの匂いが漂ってくる。
九時四十分…自分が予定していた起床時間を軽く一時間はオーバーしていた。
床に脱ぎ散らかしたままのシャツは片付けられていて影も形も無い。
カカシは仕方なく裸のまま浴室へと移動した。











ガスコンロの火を止めて、チーズ入りのオムレツを皿に移す。

「良かった。もうそろそろ起こそうと思ってたのよね」

浴室から水音がするのに気付いたサクラは表情を緩めて窓の外を見た。
四階の高さからだと割と遠くまで見渡せる。
河川敷の桜並木が薄紅の帯のように連なっているのを眺めながら…サクラは午後の予定に思いを馳せた。

二人同じ日に(しかも誕生日に、だ)休みが取れるなんて奇跡に近い。
まぁ…それもカカシ先生が頑張ってくれた結果なんだろうケド。
だから今日という時間を余計に大切にしたいと思う。

「まだ今年はお花見してないから…あの河原まで散歩してもいいわね。それから遅めの昼食とって……きゃ!」
「それから?」

背後から不意に抱きすくめられて思わず小さな悲鳴が漏れる。
首筋にぽたりと水滴が落ちてきて、更に身が強張った。

「あれ?サクラ…緊張してるの?可愛い」
「そんなわけあるかっ!」

付き合って…先生と深い間柄になって今日で丸一年。
先生の体温にも、私に触れる仕草にも十分に慣れてしまえるほどの夜を過ごしてきている。
……一人寝が寂しいと思えるほどに。

「髪の毛!ちゃんと拭いてってば。水滴落ちてる」

振り返って文句を言ってもカカシは悪びれず肩を竦めただけだった。

「そんなことよりサクラ…」
「何よ」
「誕生日、おめでとう」
「…あ…有難う、ございます」

改まって言われると変な感じがする。
そういえば告白されたときもこんなふうにカカシは普段からは考えられないくらい真面目くさって……

「…サクラ?」

名前を呼ばれてはっとする。
顔を上げればカカシが小首をかしげてこちらを見ており…サクラは思い出し笑いを押し隠して彼に告げた。

「ご飯出来てるから。でも先に服を着て頂戴!」










「朝食…ホントはオレが作るつもりだったんだけどねぇ」

オムレツを突きながらカカシは拗ねたように呟いた。
この一ヶ月、今日という日の休みをもぎ取る為に任務を詰め込んだとはいえ…昨夜、いつも以上に盛り上がって頑張りすぎちゃったとはいえ…結果が寝坊とはやってられない。
カカシは名誉を挽回すべくサクラに話しかけた。

「花見がてら散歩した後ご飯食べて…それからどうしたいの?」
「…どうって…」

突然話を振られて、サクラは口に運びかけていたフォークを止めた。

「先生はどうしたい?」
「オレはサクラの希望が知りたいの。なんてったって今日はサクラの誕生日なんだから」
「…だよね」

お昼ご飯を食べた後…ショッピングしたいかも。
映画も最近見てないし……でも。
いつも忙しい先生にはゆっくり休んで欲しいとも思う。
ホンネを言うならば…私は先生と一緒に居られればそれだけで良いのだから。

「先生がしたいコト、してあげたいかも」
「…本当にそれでいいの?サクラの誕生日なのに?」
「うん」
「じゃあ遠慮なく言うけど…後悔しないでね?オレはサクラと……」
「わーっ!!」

ガタンと音をさせて椅子を立ち上がったサクラが身を乗り出してカカシの口を塞いだ。

「やっぱりダメ!私が考える。先生が何を言うのか想像ついちゃった」
「へぇ?それは是非とも聞きたいもんだ。オレはサクラとどんな風に時間を過ごしたいと思う?」

にやにやと笑うオレを軽く睨みつけてサクラは椅子に座りなおした。
可愛い可愛いオレのサクラ。
寝ても醒めてもオレはキミのことばかり考えてるんだ。

ポケットの中の、きらきら光る石の付いた指輪の出番を探しながら…カカシはカップに残るコーヒーを一気に飲み干した。










「先生、こっちとさっきの…どっちが良かった?」

もう何度目の質問になるか…
実際のところカカシには『こっち』と『さっき』との差が分からない。
それでも適当に答えればサクラは敏感に察知する。
服なんて、どれも一緒なのに。
大事なのは『サクラ』という中身。

「…さっきの、方かな」
「え?本当に?」
「うん」
「じゃ、そうする」

やっと外に出られそうだ。

「先に靴を履いてるぞ」
「んー。すぐに行くから待ってて」

寝室に引っ込んだサクラの声だけが聞こえてくる。
カカシが玄関で靴に手を伸ばした時、不意にインターホンがなった。

「せんせぇ…出て」
「はいよ」

カカシが少し重いマンションの扉を押し開けて顔を覗かせれば、そこには荷物を抱えた男が立っていた。

「宅急便でーす」
「あぁ…ご苦労様」

カカシが荷物を受け取ろうと手を伸ばす。が、配達の男は不振気な表情を見せ、カカシの背後…つまり家の中を窺い見ようとした。

「ここ、春野サクラさん宅ですよね?」
「そうですけど…何か?」
「…あ…いえ、別に」

男はそう答えたがカカシにはその微妙な間に彼が「ちぇ、オトコ付きだったのかよ」と呟いたのを聞き逃さなかった。
未練がましく部屋を覗き込む男の手から荷物を奪うように取り上げて一言釘をさす。

「もうすぐ『はたけ』になりますよ、サクラは」
「…はぁ」
「オレと結婚するって言ってるんです。わかったらさっさと帰ったらどうなの。仕事中デショ」

バタン、と勢いよく扉を閉める。
チェーンをかけて、鍵をかけて。
カカシはほっと息を吐いた。

油断も隙もあったモンじゃない。
人当たりの良いサクラのことだ、ああいう輩にも愛想を振りまいているのだろうが…それがオレをどれほど悩ませているか彼女は知らない。
もっと自覚して欲しいと思う。
自分がどれほどオレに愛されているかを。

「誰だった?」

前髪を手櫛で整えながらサクラが寝室から出てきた。
カカシは靴を脱いで再び家に上がり…狭い廊下で向かい合ったサクラに荷物を手渡す。

「宅急便」
「あ、届いたんだ!」
「…何?」
「『世界の中心で愛を叫ぶ』と『恋空』のDVD」
「?」
「見逃してた映画なの。すごく泣けちゃうんだって。先生、見た?…って見るわけ無いか……先生?」
「…何デスカ?」
「出かけたく、なくなっちゃった?」

『不機嫌』があからさまに顔に出てたのか、サクラが不安そうに自分を見ている。
そんなことないよと言ってあげられればいいのに。
オレには…サクラに関することで余裕なんて全然無いから。

それでも何とかカカシが口を開きかけた時、今度はサクラの携帯が鳴った。

「…出ないの?」
「メールだし」
「見れば?」
「…うん」

サクラが受信ボックスを開ければ二件のメールが届いていた。
一件はナルト。
もう一件は……

「誰?」
「ナルト。誕生日おめでとうって」
「ふぅん?…と、サスケか。何か添付してあるみたいだけど?」

無言の重圧に耐えかねたサクラが携帯を操作して添付ファイルを開く。
それは満開の桜の写真だった。

「花見の必要性が無くなったな」

携帯の画面を覗き込まれてサクラが固まる。
その脇をすり抜けてカカシはリビングへと一人逆戻りした。











二人で選んで買ったカウチに、カカシは背もたれに向かって寝転んでいた。
先生は未だに『サスケ』に過剰反応を示す。
私の過去を知っているだけにわからなくもないけれど…それでも少し寂しい気持ちになる。
信用されてない気がして。

「先生?気分悪くさせちゃったみたいで…ごめんなさい」

呼びかけても返事は無い。

「…じゃあ、出かけるのは中止して一緒にDVDでも見ようよ……ねぇ、先生ってば…」

向けられた背中は私の全てを拒否しているようで…

「こんなはずじゃなかったのに」

思わず吐いて出た言葉がきっかけになり、サクラの両目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

空は快晴。
桜は満開。
側には一番大切な人。
これだけの条件がそろってて素敵な誕生日を過ごせないわけが無い、でしょう?
…私、間違ってる?

「サクラを独り占めしたくてしょうがないんだよ」

しゃくりあげながら床に座り込んだサクラにカカシのくぐもった声が聞こえてきた。

「どこかに閉じ込めて誰の目にも触れないようにしたい」
「…先生…」
「オレだけを見るように…そんな術があればいいのにねぇ。そしたらサクラはずっとオレの腕の中に居るだろう?」

膝を付き、這うようにしてサクラはカカシに近寄った。
広い背中を抱きしめて耳元に唇を寄せ…薄い耳たぶを甘咬みする。

「…先生、子供みたいね。でも……嬉しい」

やっとこっちを向いたカカシに微笑みかけながら、サクラは『愛しい』という言葉の意味を初めて理解した気がした。

「私も先生の全てが欲しいよ…」










一人が寝転ぶには十分な奥行きのカウチでも、さすがに二人はキツイ。
カカシは腹の上で眠っているサクラのが風邪を引かないよう、床から拾い上げた自分のシャツをかけた。
次いでズボンのポケットを探り指輪を取り出す。

「うん。ぴったり」

左手の薬指。
夕日を浴びてきらきら輝く指輪に満足し、カカシは頬を緩めた。

「誕生日、おめでとう」

結局一日部屋の中だけで過ごしてしまったけれど…サクラは許してくれるだろうか?
苦笑を浮かべたカカシを睡魔が優しく包み込む。
カカシはサクラをしっかりと腕の中に抱え込んで…再び目を閉じた。





寝ても醒めてもサクラのことばかり考えてるよ。

サクラに出会えて本当に良かった。

この世に生まれてきてくれたことに感謝する。









遅くなりましたがサクラのBDおめでとうSSです。
二人がこんな日常を送っていればいいと思う。うん。

2008.04.28
まゆ



2008.11.30 改訂
まゆ