黒アゲハ




「あ、蝶だ」

サクラの視線の先に一匹の蝶がヒラヒラと舞っていた。
漆黒のアゲハ蝶。

「蝶って春にいるモンじゃねぇの?」

同じくソレを見つけたナルトがすっとんきょうな声を上げる。

「馬鹿ね。アンタ、知らないの?黒アゲハは年に2回発生するのよ。春型と夏型って分けられてる」
「…そーなんだ」
「そ。今年の夏は暑かったから…。でも、きっと今が今年最後の発生時期だと思うわ」

もう9月に入ったというのに優雅に飛び回る黒アゲハを目で追いながらサクラがナルトに教える。
さながら先生と生徒のようだ。

「さすがサクラ。よーく知ってるねぇ」

二人の側に寄って来たホンモノの『先生』がのんびり呟く。
会話に加わったその声の主を無視し、不意にナルトが駆け出した。
どうやら蝶を捕まえるつもりらしい。
ナルトが軽く飛び上がり宙で両手を合わせると…その手の中には先ほどまでの自由を失った蝶が収められていた。

「捕まえた!」

誇らしげに振り返るナルトに呆れ顔のサスケが近づく。

「…捕まえてどうすんだよ、ウスラトンカチ」
「飼う」
「虫篭に入れてか?」
「…駄目?」

綺麗な黒い羽を指の隙間から覗きながら、不安そうにナルトが尋ねた。

「ナルト…蝶は飼えないわよ」
「どうしてだってばよぅ?サクラちゃん」
「餌っていっても砂糖水しか用意できないし…なにより虫篭じゃ狭いでしょう?可哀想だわ」
「でも…」

「蝶は飛んでる姿がイイんだろ?」

サスケの一言に、ナルトも意見するのをやめて口を閉ざした。



そうだ。
蝶は自由に飛んでいる姿こそ美しい。
   
「ほら、ナルト。もう放してやれ。サスケとサクラの言うとおりだぞ?それに…蝶の一生は短いんだから」

カカシは何故か自分に言い聞かせるようにそう呟いて、ナルトの頭を撫でた。




















二DKの自宅。
これがカカシの…サクラを閉じ込めておく、檻だ。

この前の話じゃないが…虫篭だよなぁ。

サクラには狭すぎる部屋を見渡しながら、カカシは自嘲気味に笑った。

誰にも見せたくなくて。
でも、日増しに美しく成長する恋人を自慢したくて。
このところ日々カカシは葛藤していた。

しかし、それも今日で終わる。


白い大きな箱を引き寄せて中身を確認するカカシの顔は、晴れ渡った空のようにすっきりとした笑顔だった。










珍しいこともあるものだとサクラは首を傾げる。
約束をしたがらないカカシが、今日に限って逢いたいと言ってきた。
しかも、時間指定付き。

まぁね。
そんな約束をしなくても…私は毎日逢いに行くけど?

一人歩きながらくすくす笑った。
『約束』というその言葉に、サクラの乙女心はすでにMAXだ。
サクラは嬉しさを隠し切れず自然と急ぎ足になってくる。
暗い夜道だけど、そんなこと全然苦ではなかった。

やっと普通の恋人らしくなってきたじゃない。

サクラが自分を瞳で追いかけるカカシに気が付いたのは至極当然のことだ。
だって…任務中ミスをした時、近くにいるはずのナルトやサスケくんよりいつでも早く駆けつけるんだからしょうがない。
気になり始めてから何度かわざと視線を合わせてみたのだが、その度に見せらるカカシの赤面した顔に、私は恋に落ちてしまった。

告白は自分から。
しかし、返事を待たされたのは本当に意外だった。
なんでよ?と詰め寄った私を、先生は欲求と道徳心の折り合いの問題だと苦笑してたことを思い出す。

そして、現在。

結局、欲求には勝てなかった先生は…道徳心なんて聞いて呆れるくらいのコトを、私に、シテる。










「何、コレ?」
「プレゼントだよー」

カカシの家に着くなり渡された白い大きな箱に押しつぶされながら、サクラが尋ねた。

「…私の誕生日は3月よ」
「知ってる。誕生日じゃないとプレゼントは渡せない?」
「そんなコト、ないけど」

暫くの間、箱とにらめっこをしていたサクラがふと肩の力を抜いた。
なにやら裏があるのでは?と考えていたに違いない。
しかし、何も思いつかなかったサクラは軽く噴出すように笑い、開けてもいいかと再度カカシに尋ねた。

どうぞと微笑まれ、箱を開ける。
中から出てきたのは服だった。
ミュールにバッグまである。
漆黒の、手触りの良い生地はそれだけで高級品とわかる、服…というよりはドレス。
それを両手で目の前まで持ち上げたサクラはあまりのことに声が出せないでいた。
何重にも重ねられたフレアーは羽のように軽く、ふわふわしている。
肩は肩紐のみで剥き出しになるが胸元はきっちりと締まっており、上品さが伺えた。

「素敵!!」

興奮気味に告げたサクラだが、さらにネームタグを見て唖然となる。
そこには自分の名前が綴られていた。

これ、オートクチュールだ!!

「着てみせてよ」

自分の用意した服を気に入ってくれた様子のサクラに、カカシも自然と笑みが零れる。

「…どうしてコレを?」
「んー…この間さ、皆で蝶を見たデショ?」
「うん」
「その時にね、黒ってサクラに似合いそうだなって思って買ったんだけど」

それだけで?!

「…注文した、の間違いでしょう。これ、オートクチュールだもの」
「まぁね」
「何処にこんなお金持ってたのよ?」
「…オレ、こう見えても元暗部だし?」
「あ、そう」

この様子では値段を聞いたところで素直に教えてはくれないだろう。
聞き出したところでどうするわけでもない。
サクラは無駄なことはしない主義だ。

くれると言うなら貰っちゃおう!

「早くー」

それが試着をせがむ声だと気付くとサクラはすくっと立ち上がった。

「着替えてくるから待ってて!」
「此処でいいじゃん」
「やぁーよ」

パタパタと寝室へ向かうサクラにカカシの声が追いかける。

「サクラ、サクラ!コレ忘れてる」

サクラが振り返ると、カカシがドレスとお揃いの黒のガーターベルトを指に引っ掛けくるくると回していた。

「そんなものまでよく…」
「いいデショ。コケティッシュなサクラちゃんが見てみたいなーなんて」
「馬鹿!えっち!変態!!」
「何とでも」

勢いよく戻ってきたサクラがカカシの指から素早くガーターベルトを取り上げた。

「付けてくれるの?ていうか、付け方わかる?」
「付けたってすぐ脱がされるんでしょう!」

にやにやと笑うカカシの鳩尾に一撃をいれると、サクラは捨て台詞を吐いて寝室へ駆け込み、勢いよくドアを閉めた。
耳まで赤く染めたサクラの横顔をカカシが見逃すはずは無く、カカシは腹筋が痛くなるまで笑い転げていた。










「じゃ、出かけようか」

寝室から出てきたサクラを目の前で一度ターンさせ、満足げにうんうんと頷いた後、カカシはサクラの手を取った。
予想外の言葉にサクラは首を傾げる。
どうやら着たばかりの服を脱がされるのはもう少し先のようだ。

「何処へ?」
「外」

カカシの答えは漠然としていて要領を得なかった。
任務以外の時間に二人きりで外出したことなど一度も、無い。
そのまま玄関へと向かうカカシにサクラが声を掛けた。

「…先生は着替えないの?」
「うん」
「どうして?目のことなら額あての代わりにサングラスでもかければ問題ないんじゃない?」

カカシはいつもの忍服のままだ。
夜にサングラスもどうかと思ったが、一応サクラはそう聞いてみた。

「でも、それじゃ『オレ』だってわからないデショ?」
「え?」
「サクラと一緒にいるのが『写輪眼のカカシ』だって、皆にわからないデショ?」

カカシの言葉の意味を考える。
二人で逢っているとき部屋から出たがらないのは、自分みたいな子供と付き合っている事実を他人に知られることが恥ずかしいからだとサクラは思っていたのだけれど。

そうじゃないの?

上目遣いで不安げに自分を見上げるサクラを、カカシは安心させるように笑った。



「手を繋いでデートしようよ。里中を、さ」










木の葉の里にだって…夜には夜の、別の顔がある。
昼にもまして増えている人の数にサクラは驚きの声を上げた。

「先生、ヤバイよ。絶対バレるって」
「…何言ってんの?サクラ。まさかお忍びデートのつもりだったとか?」
「違うの?」
「違いまーす」

そんな会話をしている最中でさえ、通りすがりの視線が痛い。
好奇心丸出しのソレは瞬く間に周囲へと伝染する。

「オイ、あれ…カカシじゃないのか?」
「そうだ。カカシ上忍だよ!」
「すげぇ…ロリコンだったなんてな」
「相手の子、今受け持ってる下忍だろ!オレ見たことある。確か名前は…」

サクラの、カカシの指と絡めた手にぎゅっと力が入る。
カカシは空いている反対の手で面布を引き降ろすと、声のする方を振り向いた。

「サクラ、だよ。オレのサクラ。蝶々みたいで可愛いデショ?」

そう宣言した後、サクラへ向き直り膝を屈め…見せ付けるように白い首筋に唇を落とす。
キツク吸い上げた後、胸元でも同じことが行われた。
サクラは目をぱちくりさせたまま固まってしまっている。
カカシは喉の奥で笑って、そのふっくらとしたさくらんぼ色の唇をも奪った。

人前でそんな風に紹介されたのは初めて…じゃなくて!

サクラは慌ててカカシの手を解くと首筋を押さえた。
痕になる、やり方だった。
間違いなくそこは鬱血しているはずだ。
サクラは上目遣いにカカシを睨んだ。

「先生の馬鹿!!此処を何処だと思ってるのよ!」
「木の葉の中心街?」
「疑問系にしない!わかってるでしょう!!」

カカシはサクラの怒りをヘラヘラとかわす。
その様子がまたサクラの逆鱗に触れた。
大人びた格好をしているとはいえ、せいぜい実年齢の二つ三つ上に見られるのが関の山だ。
そんなこと、先生にだって十分わかっているはずなのに。

どうしてこんなことを?

透き通るエメラルドの瞳にみるみるうちに涙が盛り上がる。
あふれ出る前に舌で舐めとったカカシは、そのしょっぱさに苦笑いした。

「堂々としててよ、サクラ。オレのこと好きなら堂々としてて」

聞こえてきた声にはっと顔を上げる。
いつもの眠たげな瞳は優しく自分を見下ろしている。

「狭い部屋に閉じ込めてばかりでゴメンね?」

サクラに、自分以外のものを見て欲しくなかったんだ。

「誰にも紹介しなくてゴメンね?」

オレが…独り占めしていたかったんだ。

いつも飄々とはぐらかされるカカシの本音を、サクラは初めて聞いたような気がした。
そこには自分が思っていたようなマイナス思考はカケラもない。
単なるカカシの独占欲。

「皆にロリコンだって言われても知らないんだからね!」
「うん」
「部下に手を出したって火影様に叱られても知らないわよ!」
「覚悟は出来てる」

迷いなく頷くカカシに、サクラは少し困ったように呟いた。

「…凄く嬉しいから、一緒に叱られてあげてもいいわ」





それから二人は木の葉の里の、いたるところを歩き回った。
何をするわけでもなく、人通りの多い道を選んで歩き回るのだ。
…相変わらずの、かなりの視線を感じながら。

「サクラ…オレのこと、好きデショ?」
「うん」
「素直だねぇ。じゃ、さ。好きだって言ってよ。皆に聞こえるようにさ」
「此処で?」
「そ。此処で」

隣接する公園の時計台から、12時の鐘が鳴るのが聞こえた。

「ほら、早く!15日になった!!」

カカシが小さな恋人を急かす。
日付が変わったことがそんなに重要なことなのだろうか?
きょとんとしているサクラに、カカシは照れくさそうに告げた。

「今日、誕生日なんだよね」
「誰の?」
「オレの」

開いた口が塞がらないとはこのことだ。

「…なんでそんな大事なこと、もっと早く言わないのよ!?私、プレゼント用意してないわ!」
「だーかーら、サクラの言葉がオレにとって一番欲しい誕生日プレゼントなの。…早く言ってくれない?」

誕生日にそんなことを強請る恋人を、サクラは我侭な子供のようだと思った。

「好きだなんて…誕生日じゃなくても言うわよ。何万回だってね!!」

真面目腐った顔でそう言われ、カカシは破顔した。

「お誕生日オメデトウ!愛してるわ、先生!!」

もう周りなんて気にならない。
サクラはキスと共にそう叫んだ。









みんなちゃんと見てくれた?
サクラはオレの恋人なんだよ。
羨ましがれって。

取られるようなヘマはしない。
絶対だ。



さあ、自由に飛んでみせてくれないか?
キレイなキレイなオレの蝶々。









カカシ誕生日記念SS

重信川のね、出会い橋んトコ…すげー飛んでるんだわ。蝶が。(←出会い橋ってドコだよってカンジですね・爆)
黒のヒラヒラしたドレス、サクラちゃんに似合いそうだなーと思って。それだけなんですが。
書いてた私がこっぱずかしいSSに…なってしまいました。
書き直す気力ないので(時間も無いし)…妥協します(オイオイ)

2004.09.12
まゆ


2008.11.30 改訂
まゆ