依存症




声が聞こえないとダメ。
視界に入ってないとダメ。
同じ空間に居ないとダメ。
…この手に、触れてないとダメ!

だって寂しくて死んじゃうから。



ゴメンね?サクラ…











「スマン。今日はチョット寝坊してな…」

いつものように『はい、嘘!』と突っ込むつもりだったナルトとサクラはお互いに顔を見合わせた。

「…言い訳としては合ってるよね?」
「うん。寝坊って言ったってば」
「アホか、お前ら。二時間はチョットじゃねーだろ?」

納得しかけた二人へ騙されるなと言わんばかりにサスケが呟く。

…チームワークも出来てきたようで。

「まぁ…いいデショ、そんなことは。で、今日の修行は『鬼ごっこ』でーす」

カカシは遅刻の言い訳から強引に話題を転換した。いつものことだ。

「任務は!?」
「さっき受け付け寄ったらさぁ、もうDランクの任務は残ってなかったんだよねぇ。はは」

泣きそうな顔で詰め寄るナルトをカカシは一蹴する。

「はは、じゃねぇ!!てめぇ…それでも上司かよ?!」

さすがにサスケも呆れ返って怒鳴った。
任務の経験数も(例えそれがどんな容易なものであっても、だ)確かに自分達のチカラとなり反映されている。
そう理解し始めたばかりのだというのに。
こんなのん気上司では上達するものも上達しないではないかとサスケはあからさまに不審の瞳をカカシへ向けた。

「鬼ごっこ…確かその前は救護班真っ青の本格的応急処置の練習だったわよねぇ?」

なにか偏りを見せるカカシの修行内容にサクラは一人考え込む。

「んー、深く考えなくていいから隠れて隠れて。10数えるぞ?」
「ここでかよ?」

普段ナルトとサクラの相手をしているため、すっかりツッコミ役が板に付いてきたサスケの一言にカカシは周りを見渡して笑った。
木の葉の里の中心部、木の葉茶通りの橋の上。
それが現在地だ。

「んー…確かに此処で鬼ごっこはマズイか」

仮にも下忍の修行としての鬼ごっこだ。
当然ルールは鬼に掴まらなければ良いというだけの簡単なもので、掴まらないためならば何をしても許される。
クナイ、手裏剣は当たり前。
あらゆる忍術の駆使が目的とされるこの『鬼ごっこ』は一般人が多く行きかう街中ではやはり無理があった。

中忍レベルなら間違っても一般人に被害が及ぶことは無いんだけどねぇ。
…確かに、こいつ等にはまだ無理だな。

「じゃ、とりあえず此処から『鬼ごっこ』しながら演習場へ向かう。その間、武器や忍術等は一切無しな」

カカシが腕を組んだまま自分勝手にウンウンと一人頷く。

「一番最初に見つかった者は当然罰ゲーム有りだぞ。例えば…報告書の作成、とか。」
「…」

何かにつけて面倒くさい報告書の作成を押し付けてくる自分達の上司に三人は顔を見合わせた。
現在これに関して一番の被害者はサクラだ。

「絶対、嫌ー!」

そのサクラの叫ぶような声を合図にナルトとサスケはそろって散会する。
…もちろん、サクラもすぐさま後に続いた。

サクラの心底嫌そうな顔にカカシは苦笑ともつかない笑みを浮かべる。
そして、律儀にその場で十を数えてからゆっくりと歩き出した。










三人よりも早く演習場に辿り着いていたカカシは演習場周辺にチャクラを張り巡らしていた。
鬼は追いかけるだけじゃない。罠だって張るのだ。
その網が、今、三人の気配を捕らえた。
演習場へついた途端、三方向へ散った気配が一瞬にして消える。

よしよし。
みんな上手く隠れたな。

「さて、と。まずはやはりサクラからデショ」

はなっから報告書の作成はサクラにやらせるつもりのカカシが動き出した。
報告書を書いている間は人目をはばかることなく傍にサクラを置ける。
髪を梳き、匂いを嗅げる距離に。
カカシにとってこんな都合の良いことはなかった。

オレは人目なんて気にしないんだけど。
サクラがねぇ…すごく気にするし。

そのサクラだって自分と一緒に居る『正当な理由』を得ることが出来るのだ。
理由無しでは人前でベタつかせてくれないのは痛いところだけど……
冷やかされたり噂になることを恥ずかしいと感じる微妙なお年頃なのだからしょうがないと、その点はカカシも諦めている。

小さな恋人のために大人のオレが合わせないとね!

照れ隠しのはにかんだ笑顔もカカシはとても好きだった。
胸の奥が暖かくなって満たされた気持ちになるから。

「気配が消えたのは…こっちの方角だったな」

カカシはサクラを見つけるため、木々を跳躍していたスピードを上げた。






「あっれー?!確かこっちのほうに来たはずなんだってば…サクラちゃん、隠れるの上手いから…」

自分も気配を絶ったまま、ナルトは一生懸命サクラを探していた。
その様子を木の上から眺めていたカカシは呆れた声を降り注ぐ。

「なーにやってんの?」
「いや、サクラちゃんを……って、カカシ先生!」

…見逃すつもりだった。
お前が『サクラ』なんて言わなければね。
オレより先にサクラを見つけて一緒に隠れるつもり?
そんなこと、させるわけないデショ!

「ナルト見つけ!喜べ…お前が一番だぞ。はい、タッチ」

すとん、と地面に降りたカカシがナルトの肩に触れる。

「そんなぁー…サスケのヤツは?!」
「まぁーだ」
「げっ。じゃぁさ、じゃぁさ、サスケを先に捕まえるってば!!」
「へ?」

カカシの腕を強引に引き、ナルトがサクラの気配が途絶えた方角と全く反対へと誘う。

意味のないことを…
ま、いいか。
どうせ、サスケを見つけるのなんてすぐだからな。

結局…鬼が最初に見つけたのはナルト。
カカシの思惑は見事潰され、半ばやけになってカカシはサスケを探し始めた。






予想にたがわずサスケもすぐに見つかった。
ぼーっとしていたナルトとは違い、ありとあらゆる手段で反撃にはあったけれど。
すべて受け止めた手裏剣を嘲りの笑みでサスケの手に返しながら、カカシは首をコキコキと鳴らした。

「さて、と。後はサクラだけだね」

相変わらずサクラの気配は感じられない。
背後でいつもの喧嘩を始めたナルトとサスケを無視して、カカシは最初にナルトを見つけた地点へと急いだ。



『鬼ごっこ…。確かその前は救護班真っ青の本格的応急処置の練習だったわよねぇ?』

カンの良いサクラは気付いちゃったカナ?

偏りを見せる修行内容。
カカシの思惑。
…全てはサクラの為に。

怪我に対する応急措置、薬草の分別…
知っておかないと怪我した時に困るデショ?
サクラが。

気配の絶ち方、身の潜め方…
上手に出来ないと敵に捕まっちゃうデショ?
サクラが。

攻撃なんかよりサクラには自分で自分の身を守るべき方法を身に付けさせたい…それがカカシの一番の目的だ。
他の二人は基より忍びとして特殊だし、滅多なことではやられたりしないだろう。
でもサクラは違う。
サクラが任務で命を落とさないようにと選ばれる修行の数々。

サクラの為?
何言ってんの…結局は自分の為、だよね…

僅かな情報を頼りにサクラを探す。
小さな足跡は林の中へと続いていた。

ホントはとっくに気付いてる…サクラがただの弱い女の子じゃないことぐらい。
弱いのはむしろ俺の方。

『依存』
その言葉が一番しっくりくる。
今の自分とサクラの関係。
…大人と子供の立場は逆転し、ただサクラの母性に溺れて縋るオレ。

誰かに依存して生きるなんて…そんな自分、考えられなかった。
他人なんて煩わしいだけだったのに。

「何処だ…何処に居る?!」

なかなか見つからないサクラに焦りを感じながらカカシは走る。

可笑しいかい?
でも…どれぐらい依存してるかなんて今のオレを見ればすぐわかるデショ?
ホラ、サクラがチョット見当たらないだけで手が震えてる。
…最悪の事態を考えちゃってる…



「……見つけ…た…」

古い大木、そのうろの中。
サクラは一匹のウサギを胸に寝息を立てていた。
やっと見つけたサクラを抱きしめようと伸ばした手をカカシはぐっと握り締める。
自分を追いかけてきた背後の二人に動揺を悟られないように一呼吸おいてから細い肩を掴み、眠っているサクラを優しく揺すり起こした。

「こんな所でなに寝ちゃってんの、サクラ?」
「う…ぅん。あれ…?せんせぇ…」

寝ぼけ眼で這い出してきたサクラはすっかり寝入ったことに赤面し、皆の前で言い訳を始めた。

「あの…えっと!隠れるトコ探してたらウサギがね…」
「ソイツ…アカデミーのウサギじゃん!オレ、見覚えあるってば」

サクラの腕の中のウサギを覗き込み、不意にナルトが声を上げた。

「でしょう?私もこの耳の切り傷は記憶にある。それにすごく人に馴れてるのよ。間違いないわ!」

アカデミーでは学生が変わり身の練習をするために数種類の動物を飼っている。
ウサギもその中の一つだった。

「きっと授業で使われた時に逃げ出したのね。つれて帰ってあげなきゃ」
「じゃあ…三人とも見つかったことだし、そろそろお開きにするか」

ゴミを払うフリをして、さりげなくサクラの髪を梳いていたカカシも口を挟んだ。
「結局、最初に見つかったのは…サスケくんじゃ、ないよね」
「当たり前だ」

サクラに話をふられてサスケは不快そうに眉を寄せる。

「ホレ、報告書」

皆の視線を感じてすっかり俯いてしまっているナルトにカカシは容赦なく報告書を突きつけた。

「書き方が解らなかったらイルカ先生にでも聞け。な?」

ぷぅっと頬を膨らますナルトをコツンと小突いてからカカシはいつもの言葉で締めくくる。

「では、解散!」










今日の先生はなんかヘン。
特にヘン!
…なんだかとってもヤバそう。

サクラはカカシと目を合わさないようにしてウサギをしっかりと抱きかかえる。
アカデミーの飼育小屋へ寄ったらその後は真っすぐ家へ帰ろう…そう思っていたのに。
こっちの思惑など関係無く、『解散』の声と同時に掴まってしまった。

「サークラ!」
「なによ」
「サクラはさぁ、やっぱ何もしなくていいから」
「え?」
「…だから、傍に居てね」
「うぅー…今、ちゃんと一緒に居るじゃない!もう放してよ。重いってば!」

…そういう意味じゃないんだけど。

サクラは何もしなくていいの。
オレが何でもしてあげるから。
どんな敵が来たってサクラに傷ひとつ付けさせたりはしない。
だから一秒たりとも離れないで傍にいてよ!

幼い恋人の深読みのない即答に少し呆れるが、カカシは更にサクラを抱く両腕に力を入れた。

「まだダメー。充電しきれてないもーん」
「…」

『もーん』ってアンタ…
自分を幾つだと思ってんのよ?
26よ、26!!!
いい加減、分別の付く大人なんだから『もーん』はやめなさいって!!
……充電って何?!

サクラは声に出さず愚痴りながら…それでも、ゆっくりと重い足取りで歩く。
アカデミーはまだ見えない。

「サクラ…知ってる?」
「何を?」
「ウサギってねぇ、寂しいと死んじゃうんだよ」

後ろから伸びてきた手がサクラの腕の中で大人しくしているウサギをつんつんと突付いた。

「へぇ、そうなんだ」

本当は知ってたことだが、面倒臭くて適当に相槌を打つ。

「…サクラってばそっけないねぇ」

カカシが溜息混じりに耳元で囁いた。

そっけなくもなるわ。
181センチ、67.5キロ。
身長の割に痩せてるとはいえ…
私が引きずって歩くには重すぎるのよッ

カカシに羽交い絞めにされたままのサクラはのろのろとしか進めない。
やっとのことで演習場である森を抜け、木々の合間にかつての学び舎が見えてきた。

「ほら、先生。もうすぐアカデミーだから…」
「ちぇ」

カカシはサクラの腕の中からウサギを取り上げるとヒョイと肩へ乗せた。
そして、空いている方の手でしっかりとサクラの手を握る。

「コレぐらいははいいんデショ?」

繋いだ手をそのままサクラの瞳の前にかざし、にっこりと微笑んだ。

んもう。
いつもそうやって笑って余裕を見せ付けて!
そんなことで私を騙せると思ったら大間違いなんだからね!

それでも。
サクラの頬がほんのり色づいてくるのは真っ赤に燃える夕日のせいだけじゃない。
結局のところ…いつもこんな些細なことで簡単に誤魔化されてしまうのだ、自分は。

サクラは顔を見られないように俯いたまま答えた。

「…いいわ」










声が聞こえないとダメ。
視界に入ってないとダメ。
同じ空間に居ないとダメ。
触れてないとダメ。

…ホント、付き合いきれない!



私の大好きな人は…ウサギなんかより全然ヘタレなのです。










2003.08.05
まゆ



2008.12.06 改訂
まゆ