君のすべて ホラ、また… どうして何も言わない? そんなふうにしてしまったのはオレなのか? …ムカつく。 デートの約束を一方的にキャンセルしたカカシは、サクラのそっけないともいえる対応にイラついていた。 「…そう。わかった」 これだけである。 確かに寂しそうには見えだが、付き合い始めた頃はもっとこう、何ていうか…違ってた。 たとえ急な任務であっても、デートをキャンセルしようものなら泣くし、怒るし、わがまま言いたい放題で、2、3日は口も聞いてくれない有様だったのに。 最近のサクラは物分りが良すぎて…イライラする。 まるで、オレに興味がなくなったみたいだ。 …もしかして、他に好きなヤツができたとか? だから、任務がはいったってウソを吐いた。 オレのいない間のサクラを観察する為に。 「サクラちゃん!」 カカシにデートをドタキャンされてすんなり家に帰る気にもなれず、そのまま街をぶらついていたサクラは背後からナルトに呼び止められた。 「ナルト!いいところにで会うじゃない」 「?」 「あんみつ、奢って」 「へ?」 「あ・ん・み・つ。デートしてあげるって言ってんの」 「マジで?」 「マジよ」 「やりぃ!!」 ガッツポーズで飛び上がるナルトを引きずるようにしてサクラが甘味処の店の中へと消えていく。 二人の背後からつけていたカカシは言葉がなかった。 キリキリと胸が締め付けられる感覚に不快感が増す。 ナルトがサクラと甘味処…そんなことはどうでもいい。 あんみつを二人で食べたからといってナルト相手に嫉妬も…ましてや危機感も感じない。 ただ…サクラが、わがままを言った。 オレには言わなくなったのにどうしてナルトには言うんだ? …ムカつく。 奢らせるだけ奢らせて、早々にナルトに別れを告げたサクラはウインドウショッピングを再開した。 サクラは目的の店を目指して迷うことなく歩く。 ランジェリー専門店 最近出来たばかりのその店は、いまや木の葉の里の女性に絶大な人気を誇っている。 サクラもすでにいくつか購入済みだった。 店を覗くと顔見知りが何人かいて、きゃあきゃあ言いながら選んでいる。 サクラはその中心にいる少女の名を呼んだ。 「いの!」 「あ、サクラじゃん。今日はデートじゃなかったっけ?」 「…」 「フラレたんだ?」 ニヤニヤ、と表現するのが一番良く似合う笑い顔で、いのはサクラの肘をを突付いてきた。 「んなわけ、ないじゃん!…先生に急な任務がはいったのよ」 「ホント?」 「しつこい!!」 いのとの軽口は挨拶のようなものだ。 「そういえば、サクラ。この前買ったキャミソールと下着の3点セット、どうだった?」 「…ああ…アレ、ね」 サクラはこの間、いのと二人できた時に勢いで買ってしまった『モノ』を思い出した。 まさか、試してないなんて…言えないわ。 いのは似合うって言ってくれたけどやっぱり私にはアダルトすぎたよ。 恥ずかしくて、先生に見せるどころじゃなかったし。 「…まあまあ、だったかな」 サクラのはっきりしない言葉に、いのは腕を組んで唸った。 「んー…アレでもダメか。手強いわね…さすがはエロ上忍。じゃあ、コレなんてどうよ?」 カチャカチャとハンガーをかき分けながらサクラに似合いそうなものを取り出す。 差し出されたものは、透ける素材のミニスリップ。パステルピンクで縁取りと小さな花がちりばめられている。お揃いのガーターリング付き。 「…かわいい」 ん。これなら前のものよりイイかも。 可愛い系だし。 先生も…似合うって言ってくれるかしら? 「でしょ?サクラにぴったり!」 いのの店員のような言葉に吹き出しながら、スリップを受け取るとサクラはレジへ向かった。 店の死角から読唇術で二人の会話を盗み聞きしていたカカシは怒りを通り越し、眩暈さえ感じた。 この前買ったキャミソール? オレは見てないんですケド。 『まあまあだった』って…何処のどいつに見せてんだよ。 ねぇ、サクラ! 追いかけて、捕まえて。 詰問したくなる衝動をなんとか押さえ、店を出てきたサクラの後を更に追う。 サクラが次に立ち寄ったのは書店だった。 以前から目を付けていたらしくすぐに3冊の本を購入し、店を出る。 「サクラさん!」 書店を出てすぐ、サクラは背後から声を掛けられた。 「こんにちは、リーさん」 笑顔で振り向きながら挨拶をかわす。 「お買い物ですか?」 両手に抱え込まれている2つの紙袋を見ながらリーは笑った。 「…そんなところです」 「?」 歯切れの悪いサクラに心配そうに訊ねた。 「なにかあったんですか?」 「どうして?」 「いえ…いつもより元気がないように見えるので」 リーのさりげない優しい言葉にサクラの涙腺が緩む。 最近特に泣くのを我慢していたせいで一度こぼれはじめた涙は簡単には止まらず、サクラは紙袋を胸に抱きしめたまま俯いた。 我慢。 それは『アレ』を見て以来、常に心がけてきたこと。 どうしても先生にだけは嫌われたくないから… 私のこと、ずっと好きでいてほしいから。 「あ、ぁの…サクラさん?」 あたふたと慌てるリーは何か思いついたようにサクラの腕を引いた。 「これから少しお時間ありますか?」 「え?…ええ」 「こっちです!サクラさん!!」 サクラは涙の伝う顔を拭えないまま、力強く引かれる方へと足を踏み出した。 「ここです」 連れられたきたのは、先ほどの場所から5分ほど歩いたところで…丘の上にある小さな公園だった。 「僕のとっておきの場所なんですよ」 リーはしっかりと握ったままのサクラの手を軽く引き寄せ、低い位置にある垣根をくぐるように促した。 くぐった先は…見渡す限り広がる空。 パノラマの、沈む太陽を声もなく見つめるサクラの横顔を見て…リーはやっと胸を撫で下ろす。 「すごいでしょう?」 少し得意げに胸をはって話すリーに、やっとサクラも笑顔を見せた。 「ええ」 「元気、出ましたか?」 「はい!!ありがとうございました!」 二人を見つめる青銀の男にもはや感情というものは存在しない。 別れの挨拶をかわして歩き出した少女の後を、死人のようについて歩く。 オレの前では泣かなくなったのに… なんで、他の男の前で泣く? 違うデショ! オマエ、マチガッテルヨ…… 鼻歌まじりに帰り道を急ぐ。 涙の痕もすっかり乾いたサクラは、笑顔で紙袋を抱えなおした。 先生とのデートはダメになってしまったけれど、こんな一日も悪くない。 夕日を受け、長く伸びる影にサクラは足を速める。 …先生、無事に任務を終えたかしら? 前を見ていなかったわけではないが、考え事をしていた為、反応が少し遅れた。 不意に現れた影とぶつかってサクラはとすんと尻もちを付く。 「いったぁーい!」 「…サクラか。ったく、何やってんだよ」 「サスケくん」 サスケは手を差し伸べてサクラを立たせてやり、散らばった紙袋を拾った。 書店の紙袋と、あと、もうひとつ。 「おい、コレ」 「え?…あっ!」 破れかれた紙袋から覗く繊細な生地を見止め、サクラは慌ててサスケの手から紙袋をひったくる。 「また買ったのかよ?懲りないヤツだな」 「…見たわね?」 「今のは不可抗力だろ」 真っ赤な顔で上目遣いに睨まれても可愛いだけだ。 サスケはふっと視線を逸らした。 最近よく思う。 自分は何故サクラを受け入れなかったのか、と。 迷っている間にお姫様は攫われてしまった。 このことはきっと一生後悔するに違いない。 続けて口を開きかけたサスケが、次の瞬間サクラの目の前から消し飛んだ。 突然のことに身動きできず、立ちすくむサクラの前にカカシが現れた。 「…せん…せ…い?」 何が起こったの? サスケくんは? サクラだからこそわかる、いつもにも増して無表情な先生。 いや、今…凍りつくような微笑を浮かべた! 背筋に冷たいものが走る。 「…先生、どうしちゃったの?」 蛇に睨まれた蛙のように…その場から1ミリも動けず立ちすくむサクラの、その細い腰に腕をまわすとカカシはひょいと肩へ担ぎ上げた。 揺れる視界の中に倒れて動かないサスケが映り、サクラが叫ぶ。 「サスケくん!!…ちょっと、先生!なんてことするの!」 「うるさいよ?サクラ……」 感情の欠片もなくただ低く響く声に、サクラの身体が強張るのがわかった。 はいはい。 サスケなんてどうでもいいデショ? それとも何? やっぱり、アイツが好きだって? …ふざけるな! サクラが暴れなくなったのをいいことに、カカシは人通りの少ない道を飛ぶように走る。 あっという間に自宅の玄関へと辿り着き、肩から下ろしたサクラを強引に扉の内側へ引きずり込んだ。 バタン、と扉の閉まる音が静かな部屋の中に響く。 その閉じられた扉を背に、サクラは縫い付けられた。 逃げられないように、カカシは手をサクラの顔の両脇で突っ張る。 「『また』ってどういう意味?」 威圧するような冷たい声に、サクラは震る手で紙袋を握り締めた。 サクラにはカカシの言葉が理解できない。 「…何を言っているの、先生」 「はっ。とぼけなくてもイイよ。オレの知らないところでサスケと宜しくやってんデショ!」 カカシは片手を扉から離すとサクラが握り締めている紙袋を奪い取った。 中のもの…『見せるための下着』を取り出し、サクラの目の前に突きつける。 「コレはサスケのためだろ?」 「ち、違う!!」 「アイツ、コレ見て『また』って言った」 誤解を、している。 確かに以前買ったキャミソールの話をサスケくんにしたけど! 無駄な高い買い物だったと、話したけど!! 「サスケくんは関係ないよ。だってソレは先生に見せたくて買ったんだもん!」 「信じない」 あっさりとそう言われ、サクラは唇を噛み締めた。 じわりと涙が溜まってくるのを感じて視線を反らす。 嗚咽さえも飲み込んで…サクラは必死で泣くのを我慢した。 そんなサクラの様子に、カカシは言葉を吐き捨てる。 「…何故、オレの前では泣かない?他の男の前で泣くくせに!!」 「先生?!」 「ナルトにだってわがまま言って甘えてただろ」 「!!…先生、今日任務じゃ…?」 カカシの叫ぶような声にサクラは視線を元に戻した。 「いつから、こんな風になったんだ?オレには我慢ばっかりしてさ」 だって。 「サクラがオレを嫌いになったって、絶対手放さないから」 違うの!! 「他のヤツを好きになるなんて、許さない!」 誤解だってば!! 上手く説明をするすべがなく、サクラはまだ顔の横で扉を押さえ付けているカカシの腕を掴むと、家の中へ上がりこんだ。 リビングの片隅に無造作に積まれている雑誌。 サクラは両手でその雑誌の山を崩すと、なにやら手当たり次第に探し始めた。 「コレよ!」 サクラが手にしているのは3ヶ月ほど前の雑誌。 カカシご愛読のいかがわしいヤツだ。 パラパラとめくり、あるページで手を止める。 「ホラ、ここ」 カカシが覗き込むとそこは読者アンケートのページで、今回のお題は『好かれる女と嫌われる女』だった。 『これが、何?』と首をかしげるカカシにサクラの細い指がやや下のほうを指し示す。 『彼女にしたくない女ベスト10』 「この10項目…ほとんど当てはまるんだもん!」 わがままだし 短気だし 子供っぽいし 気が利かないし すぐ泣くし 料理は出来ないし ほら…ね。気にするなって言う方がムリでしょう? 思っても見ない展開に、カカシは二の句が告げない。 だから、我慢してた? 泣くのも、怒るのも、甘えるのも? …それだけの理由で? 「馬鹿じゃないの?」 床に座り込み頭を抱え込んだカカシが、はははと笑う。 結局のところ自分の早とちりだ。 『自分以外の男を見るサクラなんて殺してしまおうか』と殺意さえ抱いた怒りが潮が引くように消えた。 残った感情はたったひとつ。 愛しいサクラ 「なにそれ!私これでも一生懸命頑張ってたのよ?!」 嫌われたくなくて、ずっと一緒にいたくて我慢してたのに。 馬鹿呼ばわりされ…さすがにサクラも声を荒げた。 カカシはそんなサクラを両腕を伸ばし優しく引き寄せ、逆に静かな口調で告げる。 「今までのままでいいんだよ、サクラは。…っていうか、今までのままがイイ」 抱きすくめられて耳元に囁かれる低い声は、いつもの優しいカカシのもの。 「コレも、オレの為?」 握ったままだったミニスリップを再び目の前にぶら下げたカカシに、サクラは頬を膨らませ、ぷいっと横を向く。 「…信じないんでしょっ!」 「ごめん」 「…」 言いたいことはたくさんあるのに。 任務だってウソ吐いたこととか、私を疑ったこととか。 でも悲しそうなカカシの視線と交わって…サクラは何も言えなくなった。 「ホント、ごめん。もう絶対疑ったりしない。だからサクラも変わったりしないで…」 カカシの言葉がゆっくりとサクラの中へ沁み込んでくる。 先生こそわかっているのかしら? 私は先生が思っているより、ずっとずっと先生が好きなの。 「許してあげるのは、今回だけだからね」 悪戯っぽく笑って、サクラ自ら顔を寄せると面布ごしに唇を重ねた。 サクラはサクラであればいい。 そのままのきみが好きなんだ。 喜びも、怒りも、悲しみも… すべての感情を受け止めるのは、オレでいたいよ。 きみのすべてが愛しい。 ヒロ様へ捧げます♪ 先日は二つもSSいただき、有難う御座いました。 お礼です…いえ、そのつもり…です。 すばらしいSSを書くヒロさんにコレを送るのは恥ずかしいですよ。 でも、一生懸命頑張りましたので、貰ってやってください。 『怒るカカシ先生』というリクでしたが、ただの『嫉妬カカシ』になってしまいました。 これも、ひとえに自分の文才のなさでございます。 ごめんなさい。そして、有難う御座いました。 2002.04.14 まゆ 2009.01.06 改訂 まゆ |