スパイダー 巧妙に仕掛けられたワナ 細い青銀の糸に、桃色の蝶。 やっと捕まえたんだ… 逃がさないよ? どいつもこいつも、ふざけやがって… サクラはオレのもんだっつうの。 今頃ノコノコ沸いて出てきたって遅いでしょーよ。 サスケ… 特に、お前は…ウザイ。 薄紅の髪を揺らし、くすくすと笑い転げるサクラの目の前には、オレじゃない別の男がいる。 黒髪の少年。 名は…『うちはサスケ』 おちおちゆっくり寝てもいられないし。 右手でくしゃりと髪をかき上げ、溜息を吐く。 最近のカカシは集合時間に遅れることがない。 それというのも、カカシが遅刻していた2時間ほどの間に部下の3人は親睦を深めているらしく…それ自体は良いことなのだが…特にサクラとサスケ、この二人の仲が怪しいと下忍達の間で噂になりはじめたからだ。 カカシがサクラと付き合い始めて3ヶ月が経つ。 特に隠している訳ではないが、まだ一部の者しか知らないのが現状といったところ。 おかげでサクラに手を出そうとする不届きなヤツが今も後を絶たない。 カカシとしては手当たり次第に『サクラはオレのものだ』と告げて回りたいのだが、サクラのことを考えるとそうもいかなかった。 やはり十四の年齢差は世間一般では普通のカップルとは言い難いし、自分と付き合っていることでサクラには辛い思いも悲しい思いもさせたくなかったから。 「おはよ、サクラ」 サスケとの会話を邪魔するように背後から抱きすくめ、耳元に直接囁きかける。 耳元、首筋が敏感なのは実証済みだ。 「先生!!やめてったら!」 案の定、サクラは真っ赤になって叫び返してきた。が、それぐらいで怯むオレではない。 ここにはサスケしかいないのだから。 いや、サスケがいるからか… カカシはサスケの目の前でサクラの細い首に唇を押し付け、ちゅうと音を立てた。 「やめろ、エロ上忍ッ」 「やめないよー」 カッとなって声を荒げるサスケとそれを楽しげに見つめるカカシ… くすぐったくて身を捩るサクラの頭の上で二人の視線が絡み合う。 一触即発。 そんな雰囲気を知ってか知らずか、原因である少女は赤い顔で甘い抗議の声をあげる。 「もう!先生ったらっ…人前でこんなことしないでって、いつも言ってるのに!」 「はいはい。もうしません」 じゃれあうと表現するのがぴったりの二人を一瞥してサスケはフイっと視線を逸らした。 チッと舌打ちをして親指の爪を噛む。 …イライラしたときの彼のクセだ。 その様子を目敏く見つけたサクラがカカシの腕から逃れて両手でサスケの手をそっと包み込んだ。 「ほら、サスケくんも!折角の綺麗な爪が変形しちゃうでしょう?」 柔らかな手と…思いのほか近付けられたサクラの顔に仰け反りながら、サスケは自分で自分を奮い立たせた。 こういう風に気に掛けてくれるだろ? だから、まだ大丈夫… 取り戻す余地は十分にある! 内心を他所に得意げな顔でサスケはカカシを睨みつけ、カカシがそれを殺意を込めて正面から受け止めた時…最後の一人、ナルトがやってきた。 三人の顔を認めると、悔しそうに叫ぶ。 「えぇー、またオレが最後?」 「遅いぞ、ウスラトンカチ」 すっかりチームメイトらしくなった二人の軽口を聞きながら、カカシはとりあえず『先生』としての職務を果たすべく三人に声をかけた。 「よし。みんな揃ったな?で、揃ったとこ悪いんだけど…今日の任務はナシ。」 「はぁ?」 「……チッ」 「なに言ってるのよ?…先生」 三人が同時に言葉を漏らす。 「というわけで、解散!」 さりげなくサクラの腕を掴んでその場を離れようとしたカカシにナルトが纏わり付く。 「任務がないってどういうことだってば!!」 「無いものは無いんだから、しょうがないデショ」 そういうが早いか、背を向けるカカシにナルトが食い下がった。 「じゃ、さ。修行しよう!修行!!草むしりより全然イイってば!」 「…そうだな」 このまま解散してサクラと二人きりになんかさせるかと心の中で毒づきながら、ナルトの言葉にサスケも同意する。 「お前らだけでやればいいだろ?面倒くさ…?!痛ッ」 『面倒くさい』と言い切る直前にサクラがカカシの足を思い切り踏んだ。 サクラが大きな翡翠色の瞳でカカシを軽く睨みながら、有無を言わせない口調で告げる。 「じゃ、今日は演習場で修行ね!!」 誰も逆らえないツルの一声、だった。 演習場の、更にその奥へと進む。 アカデミーの生徒と鉢合わせにならないように考慮してのことだった。 「さて、何の修行をするの?」 カカシの声に、珍しくナルトより先にサスケが言葉を返した。 「手合わせを」 「ふーん?いいケド。じゃあナルトと二人まとめて面倒見るから…来いよ」 両手をポケットに突っ込んだまま、ダルそうに細い顎をクイッ、と動かしてサスケとナルトを促す。 「よーし、やってやるってば!!」 「…」 何も知らず単純に張り切るナルトを横目で見ながら、サスケがクナイを逆手に握り締めた。 本気でいく。 いつまでも子供のままだと思うなよ! 二人を引き連れて離れていくカカシに、慌てたサクラの声が追いすがる。 「ちょ、ちょっと待ってよ!私は?!」 「あー、…サクラはソコで待機」 振り向いたカカシがサクラの背後の木を指差した。 「なんで?私も一緒に……」 「サクラこそ、何言ってんの。今日は朝から体調がよくないでショ?」 ゆっくりと自分のもとへやってくるカカシをサクラは驚きの眼差しで見上げた。 なんで? 何も言ってないのに… どうしてわかるのぉ? でも、薬飲んできたし…結構、平気なんだけどな。 大きな翡翠色の瞳が更に大きくなったのを見てカカシは苦笑する。 ほんの僅かだがサクラに纏わり付く血のニオイ。 それに気付かないカカシではなかった。 サクラの耳元に顔を寄せ、後ろの二人に聞こえないように囁く。 「二日目でショ?」 その一言に真っ赤になったサクラがどもる。 「な、なにを…」 「将来、オレの子を産んでもらうんだから…身体は大事にしてね」 更に赤味を増すサクラの頬にそっと触れ、後ろからの刺す視線に優越感を感じながら顔を離す。 「体調の悪い時は無理はしないこと。他の仲間の命も危険にさらすことになるんだぞ。それに、薬ばかりに頼っちゃダメだ」 カカシの正論にしゅんとなって俯くサクラの頭を優しく撫でると、片手で忍服のベストから巻物を一つ取り出した。 「特別だよ?」 そう言ってサクラの手に握らせたものは…『写輪眼のカカシ』が術に使用するサポートの為の巻物。 個人的に集めた情報や術の系統が記された虎の巻。 忍びであれば誰もが喉からで出るほど欲しがるソレを惜しげもなく与え、サクラの目じりに掠めとるようなキスをする。 「これでも見てて?」 「うん!」 渡された物の価値を知ってか知らずか、頬を染めて嬉しそうに頷くサクラに再び待機の支持を出すと、カカシはサスケとナルトに向き直った。 さっきまでサクラに見せていたものとは全く違った表情で二人を促す。 「さぁ、始めようか…」 「ハッハッハッ…」 サスケは細切れに荒い息を吐きながら気を巡らした。 斜め後ろにはナルトがうつ伏せに倒れている。 チラリとそちらを見やったサスケにカカシが声をかけた。 「そんな余裕あんの?」 「……ぅる、せぇ…」 すでにサスケはボロボロだった。 見える範囲で傷のないところはない。 くそっ せめて一太刀でも浴びせないと気がすまねぇ!! ムキになって手数を出すが、サスケのクナイは宙を斬りカカシにはかすりもしない。 「今度はオレの番ね」 ニコニコとこの場に不似合いな笑みを浮かべて焦らすようにゆっくりと近づき、喉の奥で笑う。 「これで終わり」 サスケへ拳を振り下ろす…確かに、それで終わりのはずだった。 いきなり跳ね起きたナルトが手裏剣を投げるまでは。 不自然な体勢から投げられた手裏剣はターゲットのカカシを反れ、木々の間をぬって飛んだ。 ヤバイッ サクラが! カカシは瞬時にその場から消えた。 迂闊だった。 サスケをイビルことに夢中になりすぎてサクラへの注意を怠るなんて! サスケとナルトの二人とやり合うためにとっていたはずの、サクラとの安全な距離。 それがいつの間にかなくなっていた。 手裏剣が飛んでいった方向には、サクラがいる! 予想通りサクラは巻物を読むことに集中していて気付く様子はなく…いきなり姿を現したカカシに言葉を失う。 カカシはサクラがもたれていた木に片手を付き、覆い被さるような格好でにっこり微笑んだ。 「良かった、間に合って」 言葉の意味が解らず小首をかしげたサクラの瞳に、忍服を切り裂き、カカシの二の腕に深々と刺さる手裏剣が映った。 「先生…怪我っ!!」 叫び声を上げ、オロオロするサクラにカカシが落ち着いた声でなだめる。 「大丈夫だよ。平気平気。こんなの怪我のうちに入らないから」 {でも!」 「やさしいねぇ、サクラは」 「ちゃかさないで!!」 やっと追いついたサスケとナルトが二人に駆け寄ってきた。 「大丈夫?!サクラちゃん…ゴメン!!オレってば……」 言葉を詰まらせるナルトに、心ここに在らずといったサクラは返事もしない。 翡翠の瞳に透明な雫を盛り上げて見つめるのはカカシだけ。 そんなサクラの様子にサスケはカカシを睨みつけた。 全て、計算ずくのハズだ。 アイツなら…何もわざわざ身体を張る必要はない。 クナイではじき返すなり何なり出来るんだからな。 だろ? クソやろう… サスケの言いたいことを読み取ったのか、カカシは肯定するようにニヤリと笑った。 が、一瞬にしてその笑みを消すと、今にも泣き出しそうなサクラに優しく優しく声をかける。 「傷の手当て、手伝ってくれる?」 コクコクと頷くサクラから視線を上げて、サスケに再び勝ち誇ったような微笑を見せると、サクラと同じく責任を感じて小さくなっているナルトにも声をかけた。 「ナルト、気にする必要はない。大したことはないから」 「でも!!」 「いいから気にするな。とりあえず止血だけしとけば大丈夫だし。それよりナルト、お前は今から的当ての修行だ。いいか?どんな体勢から投げてもせめて的は外さないようにしろ」 「…わかったってば」 そう言って頷くナルトの真剣な顔から、カカシは視線をサスケへと移した。 「お前は集中力がないな。冷静に見えるけど結構短気だし?精神面のコントロールが出来てない。あと、写輪眼な。もっと有効に使えよ?今のままだと宝の持ち腐れだ」 サクラの手前、意外にまともなことを言ったカカシだが、その実は違っていた。 ばぁか。 何したって無駄だよ? お前ごときがオレに敵うかっうの。 忍びとしても男としても、ね。 フン、と鼻を鳴らし見下した鋭い視線。 それを受け止めながらサスケは爪が皮膚へと食い込むほど、拳を握り締めた。 今は何も言えない… まだ、足りない… くそッ!! 「じゃ、お前達は二人で修行してろ。いいか、離れてやれよ?」 カカシの言葉を背にナルトとサスケは木々の奥深くへと姿を消した。 何も言うことが出来ず、そのまま去っていったサスケに満足しながらカカシはサクラに向かってにっこりと微笑んだ。 「じゃ、悪いんだけど…ポーチの中に青い箱があるから、取って」 木を背に腰を落ち着けたカカシが声をかけると、サクラは弾かれた様に慌てて行動を開始した。 早くしなくちゃ…早くしなくちゃ… 血が!!! 完全にパニくっているサクラは震える手でカカシの腰にあるポーチへと手を伸ばす。 小さな青い箱を見つけて取り出した。 中を開けると…出てきたのは針と糸。 「それ、糸通してね。あ、端は玉結びで」 「先生?」 忍服…縫ってる場合じゃ…!! 思わず手が止まるサクラをよそに、カカシは止血していた手を放し、すばやく手裏剣を引き抜いた。 瞬間、吹き出す血を気にも留めず再び血管を抑え、サクラを見る。 「玉結びは?」 カカシの声に、サクラは急いで針に通した糸を玉結びにして差し出した。 「先生?」 カカシはワケがわからず不安そうなサクラを安心させるようににっこり微笑むと『有難う』を言って針を受け取る。 そして、カカシは徐に自分の腕にブツリと針を刺した。 「先生!!!」 「何?」 「何、じゃないわっ!!病院に行こう!」 「ははは、この程度じゃ必要なーいよ」 この程度?! では先生は…どの程度なら病院へ行くのだろう…? サクラの声に出さない疑問を表情で読み取ったカカシは思わず苦笑する。 実際、この傷はカカシにとって『転んで怪我をした』程度のものだ。 病院へ行こうものなら笑い者になるのは間違いない。 「麻酔!」 思い出したかのように叫ぶサクラに、カカシの何でもないような答えが返る。 「あー…アレ、ね。治りが遅くなるから、オレは昔から使わないの」 涙で潤んだ大きなエメラルドの瞳が更に大きくしてサクラが見守る中、4針程度縫うと最後に片手で器用に玉結びを作り顔を近づけて糸を噛み切った。 「はい、おしまい」 処置終了を告げ、カカシはサクラを見やる。 「…サクラ?」 いつの間にか声も上げず、ポロポロと涙をこぼしていたサクラにカカシは困った顔を見せた。 「ほらほら、もう泣かない」 カカシの傍でひざまついたままのサクラに顔を近づけ、頬を伝う雫を舐め取る。 「サクラ…手を洗いに行こう?こんな手じゃ、サクラを抱きしめられない」 優しいカカシの声にサクラが顔を上げた。 「ね?」 カカシは立ち上がると、小さく頷くサクラと連れ立ち演習所の入り口にある手洗い場へ歩き出した。 これで、どうよ? この傷が治るまで、サクラの中はオレでいっぱいだね? 他のコトなんて、考える余裕はあげない。 本当は避けられた、って知ったらサクラはどう思う? 呆れる、よなぁ… 大人はズルイんだよ? こんなことをしてまでオレはサクラを繋ぎ止めておきたいのだから。 桃色の蝶は囚われた。 青銀の糸はゆっくりと蝶を包む。 慎重に。 狡猾に。 気付いた時には遅いんだ。 ほら、もう……どこへもいけない。 木室様 スミマセン…遅くなりました。 しかもリクの『カカシvsサスケのサクラ争奪』に合っているか…かなり微妙です(汗) しかもカカシ、ちょっとイヤな奴っぽい(笑) こんなモノですが、お納めくださると嬉しいです。 2002,05.25 まゆ 2009.01.06 改訂 まゆ |