計画的犯行




十六の誕生日を迎えるということ…それは木の葉では成人を意味する。
選挙権が与えられ、喫煙だろうが飲酒だろうが誰にも咎められる事は無い。
そしてもう一つ…はたけカカシにとってこれが一番重要なのだが…

十六になれば法の下において自由な婚姻が許されていた。







所狭しと並べられている料理はどれもおいしい。
サクラは小皿にパスタを取り分けながら上機嫌でナルトに礼を述べた。

「ありがと、ナルト!アンタにしては上出来!!」

只今、お洒落なレストランを貸しきって誕生日会の真っ最中。
正確に言えば今日は二十七日で誕生日は明日だったが、それもまぁ…こだわる所ではない。
あと僅か三時間足らずで日付は変わる。
そうすればれっきとした誕生日会になるのだから。

「えへへ。でもお礼ならカカシ先生に言ってってばよ。幹事はオレだけど店を選んだのもお金出してるのも先生だから」

ナルトの返答にサクラの動きがぴたりと止まった。

嫌な予感がする。
なんかすごく嫌な予感が…

口の中のパスタを無理やり飲み込んで辺りを見渡すがあの怪しげな男は見当たらない。
サクラはほっと息を吐いてナルトに向き直った。

「…カカシ先生、他に何か言ってなかった?」
「別に。ただ…サクラちゃんの誕生日にとっても大事な用事があって顔出せないから自分の代わりにサクラちゃんを楽しませてやってくれってさ」
「あらぁー愛されちゃってるのねぇ、サクラ」

ワインを片手にいのがやってきた。
ほら、とグラスを差し出され思わず受け取ったサクラのそれに断りなくワインを注ぐ。

「アンタも飲みなさいよぉ。それ、すごぉくおいしいからぁ」
「ちょ…ちょっと、いの!!」

もう完全に出来上がっている。
ほんのり色付いた頬が同性のサクラから見てもドキドキするほど可愛い。
これではシカマルも大変だろうとサクラが顔を上げれば、案の定、苦虫を噛み潰したような顔の彼と目があった。

愛されているのはアンタの方じゃない、いのぶた…
私のは愛されてるっていわないのよッ!

サクラはカカシを思い出してそっと溜息を吐く。
公衆の面前で抱きつかれるのは日常茶飯事。
隙あらばとキスを狙われ…最近ではサクラの部屋の窓から無断で入ってくるといった夜這いまがいの不法侵入にまで及んでいる。
一度綱手に相談したのだが、彼女の考えた打開策というのがSランクの任務ばかり押し付けるといった人道の外れたもので…任務から戻ってきたカカシはもれなく病院のベッドの住人となり、ある意味被害は減ったものの、それはそれでサクラの気分を憂鬱にさせていた。

もしかしたら今回も綱手様に無理やり任務を入れられたのかも。

そう思えば楽しかった気持ちが一気に萎む。
カカシのことは決して嫌いではないのだ。
ただ…強引過ぎる手口が気に入らないだけ。

「何考え込んでんのよ、サクラ。ほら、飲んで飲んで!」

いのの勢いに押されて思わずグラスを口に運ぶ。
こくんと一口流し込めば、そのおいしさにサクラは目を見張った。

「ホントだ…すごく美味しい」

鼻から抜ける葡萄の香りとほど良く甘い酸味。
サクラは続けてこくこくとグラス半分のワインを飲み干した。

「それもカカシ先生の見立てだってば。でもあんまり飲み過ぎないようにって…あッ!」

ナルトの目の前でいのとサクラがグラスを一気に空けた。
ふふふと意味不明な笑みを浮かべて互いにワインを注ぎあっている。
ヤバイと思ったナルトが助けを呼ぼうと振り返ったものの…時すでに遅し。
キバもリーも、あのシノでさえふらついており、酔ってなさそうなのは(料理に夢中なチョウジを除いて)ヒナタとシカマルしかいない。
目が合った途端、シカマルはすこぶる嫌そうに眉間に皺を寄せたが…いののことはどうにかしてくれるだろう。
ほっと安心したのも束の間、二本目のワインの栓を抜こうとしている彼女達に、ナルトはがっくりと頭を垂れた。

「もう…どうなっても知らないってばよぅ」










「サクラ…ねぇ、サクラ起きて」

耳元で声がする。
お母さんの声じゃなくて、聞き覚えのある男の人の声。

…男?!

サクラは慌てて飛び起きた。が、頭がクラクラして再びベッドに沈み込む。

「もう朝だよ。寝坊とは珍しいね」

確かに、休みの日でも七時には起床するサクラにとって八時半を回っている現時刻は寝坊と言えた。

「うるさい!先生のせいなんだから!!」

怒鳴れば頭痛が更に酷くなる。
サクラは枕を抱きしめながら横目でカカシを睨んだ。
カカシにとっては理不尽な言われようだが気にはならないらしい。

「ははは。飲みすぎかぁ。大丈夫?」
「…大丈夫に見える?」

カカシは「見えない」と答えた後、また笑った。
本当に腹が立つ。

「窓から入ってきたの?いい加減訴えるわよ」
「残念でした!今日はサクラのご両親に挨拶がてらちゃんと玄関からデス」
「…挨拶?」

十二の春、カカシが自分の上司となってから四年。
その間ウチの両親とも何度も会話をしたことがあるはずだ。
今更なんの挨拶だろうと脳裏を掠めるが、そんなことよりも今この状況が危険であることを思い出す。
いつもならこれから容赦ないセクハラ(例えば布団に潜り込んで一緒に寝ようとしたり、だ)が行われるはず。
サクラは慌てて布団をかき寄せて蓑虫のように丸くなった。

「そんなに警戒しなくてもいいのに。オレ、今日大事な用があってさ、すぐ行かなきゃなんないの」
「…大事な用?」

そういえば、確かナルトもそんなこと言ってた気がする。

「うん。すごーく、ね。」

意味深な笑顔を浮かべたカカシはポケットからごそごそと一枚の紙を取り出した。

「それで、此処にサクラのサインが必要なんだけど」

見たことのない書類だった。
紙面の三分の二ほどまで細かい文字でぎっしりと何か書かれている。
二日酔いの頭では到底読む気になれず、サクラはカカシに何の書類か訊ねた。

「んー…オレが死んだらオレの財産がサクラのものになるって書類、かなぁ?」
「まさか…『遺言書』?!」

『遺言書』とは、Sランクの更に上、SSランクの任務にだけ提出を義務付けられている書類だ。
現物は見たことがないけれど、サクラも噂で耳にしたことがある。
希望する遺体の処理や財産の管理などを事前に決めておくものらしい。

「お守りみたいなモンだよ。それに…これにサインしてくれたらオレ絶対死なないし」

死ぬなんてもったいないと冗談のように笑うカカシを、サクラはじっと真顔で見つめた。

「…本当に?本当に死なないでくれる?」
「もちろん」
「じゃ…いいわ。サインする」

カカシの財産などもちろんどうでもよかった。
ただ、サインするだけで彼が生きるための最大限の努力をするというのであれば当然サクラに拒む理由はない。

他の欄は既にカカシが書いてあるようで、空いているのはサクラの住所と名前、それに生年月日の所のみだ。
サクラは何とか身を起こし、カカシから受け取ったボールペンで空欄を埋めると名前の横に拇印を押した。

「これでいい?」
「うん。ばっちり!有難う、サクラ」

カカシがいそいそと書類をポケットに仕舞う。
その顔が満面の笑みであることに、俯いたままのサクラは気付かなかった。

「…いつ行くの?」
「今すぐ。あ…これプレゼント」

書類とは反対側のポケットから、カカシが小さな包みを取り出し、サクラの手にそっと握らせる。

「ずっとこの日を待ってた…十六歳、誕生日おめでとう。また後でね、すぐ戻ってくるから!」

何をそんなに急いでいるのか、早口で捲くし立てて…カカシは無防備なサクラの唇に掠め取るようなキスをした後、どろんと煙のように部屋から消えた。

…ずっとこの日を待ってた?
また後で…って、何?!

とても死出の任務に向かう者の態度ではない。
軽すぎる…というか、むしろ嬉しそうにすら見えた。

任務ではないのだろうか?

サクラはごしごしと手の甲で唇を拭い、ふらつく足で立ち上がる。
とにかくこの二日酔いをどうにかしなければ頭も働きそうになかった。










サクラの部屋は三階だった。
二階は全く使用していないキッチンとリビング。
何故使用していないかと言うと…一階にもあるからだ。
一つの家に二つのキッチン。
昨年立て替えた家はサクラに何の相談もなく、何故か完璧に二世帯住宅の間取りになっていた。

二階分の階段をなんとか降りきって、サクラは母を捜した。

「お母さん…水と薬、ちょーだい…あれ?」

専業主婦である母が家を空けることはまず無いのだが、どの部屋にも見当たらない。
首を傾げながら玄関へ向かうと…そこに今にも出かけようとしている母を発見した。
平日だというのに父もいる。
二人して大きな旅行鞄を持っており、サクラの姿を見た途端、しまったという表情を見せた。
めちゃくちゃ怪しい。

「…何処行くの?」
「ちょっと世界一周でもしてこようかなー…って。な、お母さん」
「えぇ。ふらりと一年ぐらい…ね?お父さん」
「なんなの、ソレ!聞いてないわよッ!!」
「そんなこと言ってもなぁ。急に決まったことだし」
「そうよ、しょうがないのよ。サクラちゃん」
「い・い・か・ら!ちゃんと説明しないと家から出さないわよ、二人とも!」

娘に睨まれた父と母はしぶしぶ旅行鞄を足元に置いた。

「少し前にカカシくんと新婚旅行の話をしてて…」

父が話をそう切り出したが・・・のっけから意味がわからない。
何でカカシ先生と、しかも新婚旅行の話…?

サクラが黙ったまま眉間に皺を寄せて考え込んでいるのをいいことに、両親はとんでもないことを暴露し始めた。

「ほら、お母さん達って出来ちゃった結婚だから新婚旅行してないじゃない?そしたらカカシ先生が自分達は仕事の都合で長期休暇は無理だからお母さん達に行かないかって言うのよ」
「そうんなだよねぇ。しかもカカシくん…お父さん達の為にチケットまで用意してくれちゃって。」

父がこれ見よがしに取り出したのは『豪華客船クルーズ・世界一周の旅』と書かれた派手なパンフレットとチケット二枚。
パンフレットを取り上げてめを通すサクラの顔がその金額を見て青くなった。

「何なのよ、この金額は!家がまるごと買えるじゃない…どうしてカカシ先生がお父さん達にこんな高いチケットをくれるの?!」
「だって息子だもんなぁ」
「そうよ息子だもの」
「…なんですって?!」

二日酔いどころの騒ぎじゃない。
サクラは大声で叫んだが両親はただ不思議そうにサクラを見ただけだ。

「サクラ、さっき婚姻届けに署名したじゃないか」
「こ…婚姻、届け…?」
「えぇ。私達も保証人として署名したわ」
「…お…お母さん?」
「カカシくん、すぐ役所に出してくるって言ってたから…もうそろそろ受理されてるはずだよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、お父さん!ってことは、何?私…カカシ先生と結婚したってこと?」
「そのとおり」

何か問題があるのかという目が四つ、こっちを見ている。
サクラはふらふらとその場にしゃがみ込んだ。
不意に…昨日感じた嫌な予感を思い出す。
それは正しくこのことに違いない。

「ちなみにこの家も私達の為にカカシくんが建ててくれたんだぞ」
「そうそう。今どき嫁の両親と一緒に暮らしてくれるお婿さんなんて滅多にいないわよ?」

出来た息子よねぇとうっとり呟く母は完全にカカシを崇拝している。
一体、どんな手を使ったのか…
家を建て直したのは一年前だからその時には既にカカシの頭の中でこの計画が練られていたのかもしれない。

「というわけでお父さん達はこれから世界一周旅行に行ってくるから。帰ってくるのは一年後だ」
「ふふふ。帰ってきたら孫の顔を見せて頂戴ね」

宙を見つめ、放心状態のサクラに両親の声が通り抜ける。
突きつけられた現実を受け入れるにはもう暫く時間が掛かりそうだ。
そんなサクラをよそに、二人は鼻歌交じりに玄関の扉を開け、いってきますと手を振りながら外へと出て行く。
最後の台詞は母の「カカシ先生の荷物、引越し屋さんが三時ごろ届けに来るから」だった。










「ただいまー」

勢い良く玄関の扉を開けたカカシの目にサクラが飛び込んできた。

「どうしたの、そんな所で正座なんかして。二日酔いは?」
「…騙したのね」
「何のこと?」
「しらばっくれないで!書類のことよッッ」
「あぁ!それならちゃんと出してきたよー」
「『遺言書』だって言ったじゃない!」
「言ってないもん。サクラが勝手に誤解しただけデショ」
「ひ…ひどい…先生の嘘吐きッ」
「嘘は一つも吐いてないけど?結婚すればオレが死んじゃった場合サクラに遺産がいくじゃん。ね?…それに、サクラと結婚したらもったいなくて死ねない…これもホント」

どうだと言わんばかりにカカシは胸を張って答えた。
頭がクラクラする。
力の抜けたサクラの手からぽろりと何かが落ちた。

「あ!ちゃんと付けてくれなきゃ駄目デショ」

カカシは素早く拾い上げ、サクラの手を取って左の薬指におさめる。
出かける前にサクラに渡したプレゼントの中身だ。
プラチナの、少し捻りの加わったお洒落なデザインの結婚指輪。
カカシの指にもサイズ違いのものがおさまっているのを見て…サクラは諦めたように大きな大きな溜息を吐いた。

「二日酔いの薬買ってきたけど、飲んどく?」
「…うん」
「じゃあ、おかゆか何か作るよ。空腹だと胃に悪いし」
「…かぼちゃのリゾットがいい…」
「了解!お姫様の仰せのままに」

横抱きに抱えられて階段を上っていく。
ゆらゆらと揺れるカカシの腕の中は思った以上に居心地がいい。

「言っとくけど…不味かったら即離婚だからね」

結婚を承諾したかのようなサクラの一言に、カカシは満面の笑みで答えた。











最初書きたかった話と全然違うものが出来上がってしまいました…
まぁ、いいや。

2007.03.30
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ