「痛ッ」

サクラは頭を押さえながら素早く振り返った。
バタバタと走り去る人影が角を曲がるのが辛うじて見える。
今日、既に三度目の出来事だ。
追いかける気力もなく、サクラは大きな溜息を吐いた。

「そりゃ、私の髪でよければいくらだってあげたいわよ?でもね…限度っつうもんがあるでしょーがッッ!!」

腰まで伸びたまっすぐの髪がサクラの動きにあわせてユラユラと揺れる。
これ以上引き抜かれてはゴメンだとサクラは腕にはめていたゴムで手早く髪を束ねて前へと垂らした。

「ハゲちゃうじゃない!」

『サクラの髪の毛をお守りにすると死なない』だなんて。
馬鹿げた噂がたったものだと心底思う。
第一に信憑性がない。
いや、信憑性がないから噂なのだが…それを実行しなくてもいいではないか。

「…はぁ」

二度目の大きな溜息はサクラの気持ちを更に重くした。
なるべく急いで家に帰ろうと踏み出した足がぴたりと止まる。
薄暗くなりかけた廊下の向こうから歩いてくるのは見慣れた黄色のひよこ頭だった。
最近富に背が伸びて…カカシ先生と並んでも見劣りしない体躯の青年。

「ナルト!」

サクラが片手を上げて大きく振ると、呼ばれたナルトも同じように手を振り返してくれた。
任務から戻ってきたばかりなのだろう。
ナルトはあちらこちら泥の付いた忍服をはたきながらサクラの元へと寄って来た。

「すごい格好ね。怪我は無い?」
「はは。なんとかね」
「そう。良かった!」
「サクラちゃん、カカシ先生には会った?」
「え?帰ってきてるの?!」

サクラの瞳がわずかに見開かれた。
その口元に笑みが広がるのを、ナルトは苦笑しながら認識する。
どうやらまだ自分の入り込む隙間は無いらしい。

「…のハズだよ。数時間前に里の外で会ったんだけど、その時はもう任務は終了したって言ってたから」
「ホント?じゃ、急いで帰らなきゃ!」

情報をくれたナルトに慌しく礼を述べてサクラが踵を返した。
その手を、ナルトが素早く掴む。

「サクラちゃん!!」
「何?」
「…あの…」
「何よ?」
「その、さ」
「だから、何!」

振り向いたサクラだが、ナルトのそのはっきりしない態度に声が大きくなる。
一瞬身を竦めたナルトはまた少し躊躇った後、意を決したようにぼそりと告げた。

「…髪の毛くれない?」
「はぁ?」
「一本でいいんだッ!」
「…アンタもなの?」
「サクラちゃん…?」

サクラの纏う空気の温度が下がった。
ナルトには間違いなくそう感じられた。
こういう時のサクラは要注意だ。
ナルトは掴んでいたサクラの手を離し、ジリジリと後方へ下がり始めた。
来るべき、回し蹴りに備えて。
もしくは正拳突きに。

「…アンタも信じてんの?あんな馬鹿げた噂」

大きく息を吸い込むことで怒りを納めたらしいサクラが、引きつった顔のナルトに問いかけた。

「だって…カカシ先生がそう言ったんだ!!」
「え?」
「カカシ先生が言ったんだよ。お守りにサクラの髪の毛入れてるって。」
「…うそ」
「本当。ほら、実際カカシ先生ってどんな生存率の低い任務だって無傷で帰ってくるし。だから…」

サクラはこの馬鹿馬鹿しい噂の元凶が誰であるかはっきりした。
まさかカカシ先生だったなんて…
サクラはがっくり肩を落とした。
確かにカカシはS級の任務ですらひどい怪我を負わずに戻ってくる。が、それは彼の実力によるものでサクラの髪の毛のおかげなどでは断然、ない。

馬鹿なナルト。
カカシ先生にからかわれたに決まってる。
それを鵜呑みにして皆にも話しちゃったのね。

噂の発生源と伝達経路。
それが愛する人と大事な仲間だとわかり、サクラは怒る気も失せた。

「しょうがないわね、アンタ達って」

笑いを含んだサクラの台詞に、ナルトはほっと身体の力を抜いた。
どうやら危機は脱したらしい。

「ナルト、からかわれたのよ。私、確かに先生にお守りを作ってあげたけど髪の毛なんて入れてないもの」
「…マジ?」
「うん。中に入ってるのは神社で貰ってきた御札と私が作った薬が入ってるだけ」

はっきりと言い切られ、ナルトはがくりと頭を垂れた。

「皆にも言っといてよ。私の髪の毛なんて何の効力もないって!さっきも通りすがりに髪の毛むしられたんだからッ!!…このままじゃハゲちゃうわよ」
「…わかった」

力なく返事をしたナルトだが、しかし気になることがひとつ。

でもなー。
サクラちゃんの髪の毛を手に入れた奴らってマジ怪我してないんだよね。
それも偶然なのかな?

「生きてさえいればどんな怪我だって私が治してあげるから」

サクラの柔らかい声がナルトの耳をくすぐる。
嬉しい言葉だが…やはりナルトはサクラの髪の毛が欲しかった。
効果は無く、ただの気休めだとしても…愛する人の一部を持つことはナルトにとってとても素晴らしいことなのだ。
…報われないからこそ尚更に。

俯いたままのナルトに、今度はサクラが溜息をつく。
人差し指に髪の毛を一本巻きつけて軽く引っ張った。
ぷちっと音がして抜けたそれを、ナルトの目の前へと差し出す。

「…効力なんて、無いんだからね」
「うん!」
「ちゃんと修行もすんのよ?」
「有難う!!」

太陽に向かって咲く向日葵の様な笑顔に、サクラは苦笑した。
今、最も火影に近い男と囁かれているナルトの子供のような様に少しだけ肩を竦める。

「ほら、早く行かなきゃ。綱手様へ報告書を出しに来たんでしょう?」
「あ!そうだった!!」
「私も家へ帰るわ」
「うん。ありがとね、サクラちゃん!」

サクラはナルトの背中を見送ってから出口へと向かって早足で歩き出した。
頭の中で冷蔵庫にある食材を思い出しながら。










カカシと一緒に住むようになって、もうすぐ一年になる。
どちらからともわからないけれど。
でも、成り行きで…なんてことはなく。
どんなときも側にいてくれたカカシを一番に愛するようになっていたからだと胸を張って言える。



帰り道、魚屋で秋刀魚を二匹購入し、サクラは急いで家へと帰った。
案の定玄関は空いていて…カカシは先に戻ってきているようだった。
奥の方から水音がする。
シャワーでも浴びているのだろう。
夕飯には少し早いが今のうちに料理をとサクラは手早く準備を始めた。

米をとぎ、炊飯器に入れて。
秋刀魚はグリルへ。
味噌汁の具を刻み、火に掛ける。

簡単な食事だけど、カカシの好きなものばかりだ。
一段落したサクラはエプロンの裾で手を拭きつつ、脱衣所へと向かった。
派手に汚れているだろうカカシの忍服を今のうちに洗濯しておかなければならない。

「先生、お帰り!」

脱衣所から磨りガラスの向こうの大きな影に向かってサクラが声を掛けた。

「ただいま。サクラ」

元気そうなカカシの声にほっとする。

「怪我は?」
「なーいよ」
「ご飯、準備してるから。お腹、減ってるでしょ?」
「ご飯もいいけど…オレ、サクラを食べたいなぁ」
「帰る早々、そんなこと言わないの!」
「ホントのことだもーん。一週間ぶりなのに…サクラ、冷たい」
「はいはい」

いつもの調子でカカシを軽く交わすと、サクラは洗濯に取りかかった。
ポケットをひとつずつ確認して中に入っているものを取り出す。
洗面台の棚の上。
2本の歯ブラシが並んでいる隣に命札ともいえるシルバーのネームタグとサクラの手製のお守りが置かれているのが目に留まった。

ホントに…。
先生の他愛の無い言葉で私はすごく迷惑を被ったんだから!

髪の毛を引き抜かれた痛みを思い出して頭を擦りつつ、サクラはお守りに手を伸ばした。
心なしか膨らみが小さくなっている。
一緒に入れてある非常用の薬を使ったのだろう。
補充しないと…と、何気なく中を見たサクラは見慣れない包みを発見した。
小さく折りたたまれた半紙。
なんとなく、怪しい。
女の感がそう告げている。
チラリと浴室へ視線を飛ばしたものの、水音が止まる気配は無い。
サクラは一瞬後ろめたさに躊躇ったが…包みを広げてみたい欲求は抑えることが出来なかった。
丁寧に包みを広げてみる。
中から出てきたものを見たサクラはくらりと眩暈に似た症状に襲われ…それを床へと落とした。

…馬鹿。
馬鹿、馬鹿、馬鹿!
先生のお馬鹿ーッッ!!!

サクラは真っ赤な顔でふるふると震えいた。
床の上に落ちたモノは…紛れも無く自分の、薄紅の、毛。
ただし。
髪の毛じゃ、ない。

「…先生?」
「なぁーに?サクラぁ」

間の抜けたカカシの声に、サクラは浴室へと飛び込んだ。

「コレ、何?」

サクラの指先に摘まれている毛に、カカシは顔を強張らした。
額をシャンプーの泡が伝う。

「…何、って……毛?」
「私に聞かないでよッ!いつの間にこんなモノを…」
「セックスしてる時」
「じゃなくて!!なんでこれがお守りの中から出てくんのよッッ!」
「…だって。お守りだもん」
「………」
「サクラ、知らないの?女の人のアソコの毛ってさ、ギャンブルのお守りになるんだよー」
「…ギャンブル?」
「そ。大体忍びなんてね、死ぬも生きるもギャンブルみたいなもんデショ」

…ギャンブル…

「サ、サクラ?」
「私は先生の無事を願ってお守りを作ったのよ!…それを…それをギャンブルだなんて!」

涙に潤んだ大きな瞳が恨めしげにカカシを見上げていた。

「…ごめんなさい」

咄嗟に謝ることが出来たものの、サクラの涙は頬を滑り落ちた。

泣き顔も可愛いんだよねぇ。

少し屈んだカカシがサクラの頬に手を添えて口付ける。
目尻から頬へ、唇へ。

「…先生、ナルトにも教えたでしょ?」
「あ?…あぁ、チョットね。」
「ナルトは髪の毛だと思ってたみたいだけど」
「勝手に勘違いしたんじゃない?オレ、『毛』としか言わなかったし」
「…勘違いしてくれて良かったわよ!!私、最近知らない人に髪の毛をむしられてるんだから!」

コレが下の毛だとなると、どうなっていたことか……
サクラはぶるりと身震いしてカカシを見上げた。

「それは深刻な問題だな。早急に対処しておかないと」

とは言っても…まぁ、サクラの髪の毛を持ってる奴を数人、血祭りにあげればいいだろう。
そうすればまたすぐ噂になるはずだ。
今度は『サクラの髪の毛を持つ者はカカシに殺される』と。

シャワーで濡れそぼったサクラの長い髪を指で梳く。
カカシはサクラのぴったりと張り付いた服の上から、膨らんだ双丘へと視線を落とした。
もう既に自分は押さえが効かないまでに反応してしまっている。
脱がしにくくなった服に手間取りながら、カカシは身を捩るサクラに優しく囁いた。

「愛してるよ、サクラ…」









出しっぱなしのシャワー。
ブルーの硬いタイルの上。
サクラの喘ぎ声を聞きながら、カカシは懲りずに2、3本の毛を引き抜いた。
敏感なトコロを舌先で突かれていたサクラがそのことに気付いた様子は全くない。
うっすらとほくそえむカカシは悪びれず心の中で謝った。



ごめんね、サクラ。
でもすごく効くんだ。
このお守り…









下ネタですみません。
所詮私はこんな人間なんです…(苦)
『サクラちゃん祭り』投稿作品

2005.02.13
まゆ



2008.11.02 改訂
まゆ