re−birthday






ある時は夢の中から……
ある時はすぐ耳の側で、私を呼ぶ声がする。
自分は動けないから此処へに来てくれとあの人の声がする。

………愛しいカカシ先生の声が。










カカシの死後、カカシの体は綱手の判断で火葬された。
あらかたの遺体が土葬される中、それは至って特別なことといえる。
コピー忍者として名が通っているカカシの体は遺体であろうともそれだけで価値があるらしい。
またオロチ丸のような輩が反魂の術を用いて死者を冒涜しないとも限らないからと、もっともな理由を告げられればサクラとて我侭を押し通す気にはなれなかった。
一切が灰になり、手元に残ったのはカカシが大事にしていた写真立てに入った二枚の写真とうっきーくんだけ。
それらは今…サクラの部屋の窓辺に飾られている。



いつの頃からだろう…?
死んだはずの先生の声が聞こえることに気が付いたのは。
ただ、はっきりと自覚したのはつい最近のことだ。
もしかしたらカカシ先生は生きているかもしれない。
本当は動けないほどの大怪我を負って綱手様に隔離されているだけなのだと淡い期待を胸に声の元を探して…探して。
アカデミーの地下深く、今まさにその目の前に私は立っている。
見つけたものはサクラの想像を遥かに超えていた。















「ねぇ、カカシ先生。先生はどんな身体が良い?」

冷たいガラスに唇を押し当てれば、コポリと小さな泡があがる。

「うん…そっか。わかった。じゃあ頑張るね!」

傍から見れば独り言にしか見えない会話を終わらせたサクラは机の引き出しを開けた。
そして手にしていたビンを無造作にしまう。
アカデミーの地下にある火影管轄の、木の葉重要資料保管庫から許可なく持ち出したソレはもともとはサクラのもの。
ばれたところで引け目など感じるはずがない。
取り戻しただけだ。

腐敗を防ぐ保存液。
ビンの中を浮遊する『写輪眼』…それは正しくカカシ自身だった。





「ホント最低よね」

玄関でサンダルを履きながらサクラは一人ごちた。
自分に内緒でカカシ先生の眼を…写輪眼だけを保存しているなんて裏切りにもほどがある。
まぁ…そのおかげでカカシと再会できたのだがソレはソレ、コレはコレだ。
大方、うちは一族と決別した今…唯一現存するカカシの写輪眼は灰にするには惜しい代物だったのだろう。
里の復興が一段落着けば自分の知らないところで研究材料として扱われていたに違いない。
上層部のご都合主義にはさすがにサクラもうんざりした。
何故サスケが生まれ育った里を潰そうとしたのか…今なら良く分かる。

「そんなことより急がなくっちゃ!」

サクラとカカシの立てた計画には恐ろしく時間が掛かるのだ。
だから行動を起こすのは一日でも早い方がいい。
サクラはとんとんとリズミカルにつま先を二度鳴らすと玄関の扉を開けた。
行き先はヒヨコ頭の、仲間の家。

ナルトは…カカシの選んだ第二の人生。





街灯が灯り始めた道をスーパーの袋を片手に歩く。
突然訪れた私を、それでも彼は喜んで部屋に招きいれてくれるに違いない。
以前から彼が私を好きなことは知っていた。
私がサスケくんを追いかけていたときも、カカシ先生と付き合い始めたときも。
以前とは違い『好き』という言葉を出すことはなくなったが、それでも今も変わらず私に対する好意は見て取れる。

「ごめんね、ヒナタ」

あなたには悪いけどナルトの身体は私が貰うわ。
だって先生がナルトが欲しいって言うんだもの。
しょうがないよね?
ナルトだって…私と結婚できたら嬉しいだろうから…だから、あなたが我慢すれば全て丸く収まるのよ。



『まずは視力を奪うこと』

そして何らかの理由をつけて手術に持ち込む。

『サクラはオレを…写輪眼をナルトに埋め込むだけでいい。そうすれば後はオレが内側から…』

ナルトを乗っ取る。

…それがカカシ先生の計画。
上手くいくかなんて分からない。
でも大丈夫だって言うから…私はそれを信じるしか、ないの。





「どうしてナルトなの?」

そう尋ねた自分に、先生は大きく二つの理由があると言った。
一番の理由はスタミナの…チャクラの量だという。
うちは一族以外の者が写輪眼を扱うには多大なチャクラが必要になること、それは先生が身をもって経験している。
そんな彼にとってナルトのチャクラの高いキャパシティーはとても魅力的なのだろう。
二つ目は年齢。
十四年分老いた肉体より長く一緒に居られるからと笑っていた。
私が思っている以上に先生はこの年齢差を気にしていたようだ。
それに…ナルトは最初から私に好意を持っている。
だから内側から乗っ取るのも容易いだろうというのが先生の見解だった。



「しっかり食べてよね!」

押しかけ女房さながらに夕飯を作りテーブルに並べる。
嬉しそうなナルトの笑顔に良心が咎めることは無い。
これは始まりの一歩。
サクラは心の中で盛大に叫んだ。

さぁ…毒入りスープを召し上がれ!















「おめでとう、サクラ」

いのからの祝福の言葉にサクラは満面の笑みを浮かべた。
これで名実共にサクラはナルトの『奥さん』だ。
愛情のこもった手料理をふんだんに振舞えるというもの。

「…どうか、した?」

くすりと笑ったサクラにいのが怪訝そうな表情を浮かべている。
白無垢で覆い隠した胸の内を…たとえ親友にすら話すつもりは無い。

「どうもしないよ。今夜はナルトに何を食べさせてあげようかなって思って」
「あっそ」

やだやだ、これだから新婚は…と、いのが肩を竦めた。

「そういえばサクラ…」
「何?」
「シカマルに聞いたんだけど、ナルトの左目…極端に視力が落ちてるって本当なの?」
「うん。原因が分からなくて…ちょっと心配よね」
「ちょっとってことはないでしょうが!見えなくなったらどうすんの」
「大丈夫でしょ。…カカシ先生も片目だったもの。先生は日常生活にも任務にも支障はなかったわよ」
「…サクラ…?」
「それに…見えなくなれは移植すればいいのよ」
「…え?」
「カカシ先生みたいに。写輪眼…でも、ね?」

紅をひいた口元を袖で覆い隠せばサクラのふふふと柔らかい笑い声だけが二人の間を流れる。

「サクラちゃん!」

羽織袴のナルトが向こうで手を振っている。
振りかえせばサクラの耳に僅かな水音が聞こえた。
そうなのだ。
今日はカカシもサクラと共に居る。

「じゃあ、また後で」

顔を強張らせたままのいのをその場に置き去りにして、サクラは一人歩き出した。



まだ計画は始まったばかり。

「早くカカシ先生に逢いたいな」

サクラの呟きに答えるように、白無垢の袂が仄かに熱を帯た。










ホントに今更な死にネタを…恥をしのんでUPだよ(笑)
約束は果たしたぜ、綾乃さん。
…幻の幽霊祭り第二段SS。


2009.06.01
まゆ