ココロノシミ




綱手に弟子入りを直談判したのはよくよく考えてのことだった。



自分はどう足掻いてもあの二人についていけない。
女であるということを差し引いても、だ。

じゃあ、私はどうすればいい?

ナルトとサスケ…仲間と共に走るため、足りないものは何なのか。
必殺技ともいえる固有の忍術を持っているわけでも、ましてやずば抜けた体力を有しているわけでもない。
得意分野である学問と称される知識を、他人より少し多く詰め込んでいるだけの自分にある可能性は…?

悩んだ挙句、行き着いた先は医療の道だった。
サスケくんを支配する呪印についての知識が欲しいのもひとつの理由だが、自分には一番合っている気がする。

「ごめんね、先生」
「何で謝るのさ?」
「だって…私…」

一言の相談もせず、勝手に決めてしまった。
それなのに先生はこうなることが分かっていたかのように私のことを綱手様に売り込んでいてくれた。

「思ったよりちょっと早かっただけだ」

先生の顔が少し寂しそうに見えるのは多分…気のせいではないだろう。

「有難うって言いなよ、サクラ」

少し困ったような…やわらかい低音の声が俯いた私の頭に降ってくる。
背を丸めて視線を合わせるようにしたカカシの大きな手が無造作に髪を撫でた。

「…先生のばか。髪がぐしゃぐしゃ…」
「ははは!」

笑いながらもカカシの手はサクラの髪をなおも掻き乱す。
言葉とは裏腹にサクラはこの仕草が大好きだった。

「一つだけお願いがあるんだけど」
「何?」
「綱手様に弟子入りしても…サクラの『先生』でいさせてくれないか?」
「そ、そんなの!断らなくてもカカシ先生はずっと私の『先生』です!」
「…うん。そっか。それならいいんだ」

無理に作られたようなカカシの笑顔に胸を締め付けられる。
それでももう…後戻りは出来ない。したくない。
私は明日から綱手様の、弟子。

「じゃあ、先生もずっと私のこと『サクラ』って呼んでね?絶対間違っても他人行儀に『春野』なんて呼ばないで」

それがサクラの精一杯の言葉だった。
ここに留まり続けていたのではナルトに追いつけないしサスケを取り戻すことも出来やしないのだから。

「あぁ、いいよ。サクラが綱手様のように皆から尊敬される医療忍者になっても…火影になっちゃってもオレは『サクラ』って呼ぶ」

いくらなんでも『火影』は言い過ぎだとサクラは顔を綻ばせながら、小指を立てた右手を屈んだままのカカシの顔の前に差し出した。

「約束!」










『約束』

そう言って絡めた互いの小指の暖かさを…サクラが忘れることはない。
今思えば自分はカカシ先生に愛されていたのだ。
その頃からずっと。

気付けずにいた罪悪感と後悔。
その二つの感情がサクラの心に沁みを残す。

透明で…大きな消えない沁みを。







幻の幽霊祭り…
いや、ホントに良かったのか悪かったのか…複雑。


2009.06.01
まゆ