予感




「私達の任務も終了のようだ」

そう言って椅子から立ち上がったテマリをシカマルが振り返った。
まだ少し涙で湿った頬を気にするように肩口で拭うと、バツの悪そうな顔で一言告げる。

「…愚痴って悪かったな。」
「いや。…仲間も無事で何より」

テマリは返事を返した後、正面に座っている綱手に軽く頭を下げてから歩き始めた。
シカマルとすれ違い、そのまま長い通路を出口へ向かう少女の背中に綱手の声がかかる。

「テマリ…だったか?お前、待機所に戻らなくていいよ」

通常、任務で訪れた他国の忍びは無闇に里内を歩けない。
今回も『待機所』と称した一室が砂の忍び達に与えられており…テマリはそこへ戻るつもりだった。
不思議そうな顔で振り返った彼女に綱手は笑顔を見せる。

「我愛羅とやらがまだ帰還していない。リーのヤツが面倒かけててね。あ、二人とも無事だという報告は受けてるから心配無用だ」

そんなの当たり前だ。
我愛羅が怪我などするはずが無い。
あの砂の防御を崩せる者などそうはいないのだから。
テマリは肩をすくめて軽く聞き流した。

「では、何処へ?」
「温泉に浸かるも良し。観光するも良し」
「…温泉?」
「あぁ。好きな所へシカマルが案内するよ」
「オレが?!」

テマリと綱手を結ぶ線のちょうど真ん中で、必要以上の大声が白い廊下に響き渡る。
綱手が形良く整えられた眉を思い切り顰めた。

「シカマル…此処を何処だと思ってる?仮にもお前の友達が手当てを受けてる病室の前だぞ?」
「…すみません。ですが、案内って…」

辛うじて敬語を使えたが、シカマルはあからさまに動揺していた。
パクパクと口をあけるその様は、水面近くにいる魚のようだ。

「おやおや。お前、命の恩人にそれぐらいのことが出来ないのかい?」
「………」

殊更『命の恩人』を強調され、シカマルは言葉を飲み込む。
眉間にシワを寄せて瞳を閉じた。

…現状を整理しよう。
要するに我愛羅が戻るまでの空き時間、テマリの相手をしろってことだよな。
二人で里の観光?
つまり、これは…デー…

「デートか。綱手様の言い付けとあっちゃー大義名分だよなー、シカマル!」

今まで口を噤んでいたシカクが先ほどとは打って変わってニヤニヤとこちらを見ていた。
すかさず睨み付けるが何処吹く風だ。
それどころか、更にこんなことまで言いだす始末。

「いのちゃんには内緒にしててやっから上手くやれよ!」

…何をだよ、クソオヤジ。

「お嬢さん、うちの夕飯は6時きっかりだから。…シカマル、遅れんじゃねーぞ。母ちゃん怒らすと怖ぇからな」

メシも一緒かよ……
前半はテマリへ、後半は息子へ向けて告げたシカクの言葉に『息子』は溜息をついた。
念を押されたからにはウチへ連れて帰らないととんでもないことになる。
確実に夕飯は抜きだろう。
それだけは…避けたい。

「では、お先に失礼します。秋道家にも寄りたいと思いますので。」
「あぁ。もう心配はないと伝えておいてくれ。時間は掛かるが…チョウジは私が責任を持って治すから」
「はい」

更に増えた息子の眉間のシワを気にする様子もなく、シカクは綱手と別れの挨拶を交わす。
じゃまた後でな、とひらひら手を振りながらシカマルを…そしてテマリを追い越した大きな背中はあっという間に見えなくなった。
静けさが戻った廊下で、綱手もゆっくりと立ち上がる。
やるべきことは沢山あった。
それに…先ほど報告を受けたばかりのナルトがそろそろ搬送されてくるはずだ。

「じゃ、シカマル。後は頼んだぞ」

それがテマリのことだと承知しているものの、シカマルはひどく曖昧に頷いた。
その様子が可笑しくて…綱手は笑いをかみ殺しながら歩き出す。

里の平和を守るには、今までのように力によるパワーバランスをとるだけでは駄目なのだ。
そもそも、いくら同盟を結んでいようともそれが紙の上でのみのことだから争いが起こる。

人と人との信頼を築きたいと綱手は考えていた。
他国の忍びであろうとも最低限の信頼関係を……
次世代は…この子達ならやってくれそうだと思う。

それは綱手の予感だった。





「で、どうするんだ?」

自分と同様、取り残されたテマリへシカマルが問いかけた。

「とりあえず、外へ」
「…だな」

短い会話の後、二人は付かず離れずの距離で廊下を歩く。
不意に慌しい気配を感じた。
誰かの、カカシを呼ぶ声が聞こえてくる。

「ナルトが戻ったのか?!」

シカマルの足がピタリと止まった。

「行ってこい。気になるのだろう?」
「あ…でも、な」
「いいから。私は外で待っている」
「すまねぇ。すぐ戻るから…」

僅かに瞳を伏せて謝った後、一目散に駆け出したシカマルの後姿に、テマリは知らず知らずのうちに微笑を浮かべていた。










「わりぃ。遅くなっ……何やってんだ、お前ら!」

どう見ても自分より年上の男達を一括する。
シカマルはテマリと男の間に割って入り、掴まれたままのテマリの腕を強引に奪いかえした。

「うるせぇ、チビ!」
「俺達が先に声かけたんだつーの」
「誰だ、てめぇ?」

見るからに他国の忍びとわかる女に手を出すとは…よっぽど腕に自信があるか、或いはよっぽどのアホだ。
シカマルが観察する限りかなりの確率で後者だと言えた。

「コイツは火影が雇った忍びだ。手ぇ出すとこうなるぞ?」

頭の弱そうな連中にもわかるように、シカマルは自らの首に手を水平に当てると一気に横へ引いた。

「なんだよ、ソレ?怖かねぇよ!」
「忍びがなんぼのモンだ?」

どうやら最近里へ住み着いたチンピラらしい。
それも出身はかなりの田舎だ。
男達は完全にシカマルを…というよりは、『忍』を馬鹿にしていた。

「…ホントにめんどくせぇな…」

するりと黒い影が伸びる。

「コイツに何かあればオレの責任なんでね」

ピクリとも動けなくなった三人の男達のうち、一人の喉元へ更に影が這う。
と同時に、一気に締め上げた。

「うぐッッ」

仲間の異変に、残りの男達の顔色が変わった。
血の気の失った顔で叫び声を上げる。

「た…助けてくれ!」
「はいよ。ただし、めんどくせーからすぐにどっか行ってくれよ。な?」

男達がこくこくと頷くのを確認してから影を元に戻す。
途端に情けない悲鳴を上げて一目散に逃げていく男達の背中を見送りながら、シカマルはやれやれと肩を竦めた。
振り返り、テマリを視界に入れて愚痴る。

「何やってんだ?おとなしく掴まってるなんてらしくもねぇ。お前なら一捻りだろうに…」
「馬鹿を言え。私は砂の忍びだぞ?此処で騒ぎなど起こせるか!」

むすっとした表情で返ってきた声に、シカマルは少しだけ驚いたように目を見開いた。

「…お前でもそんなこと考えるんだな。」
「どういう意味だ!!」

シカマルの胸座を掴みかかったテマリの手を、更に横から割り込んできた手が掴んだ。

「何だお前?」
「手ェ離しなさいってば!」

そこには…見下ろすようなテマリの視線をものともせず、噛み付かんばかりの、いのの姿があった。

一難さってまた一難…
シカマルは頭を抱えて溜息を吐く。
むしろさっきの男達よりこっちの方が厄介だ。

「あんた達砂の忍びが木の葉に何の用よ!」
「…お前は知らされていなかったのか?」

テマリの、カチンとくる言いようにいのの怒りの矛先はあさっての方角を見ている男へと向けられた。

「シカマル!!」
「…」
「どーいうことなのよ?」
「あー…チョウジな。もう大丈夫だって」
「そんなこと聞いてない!」
「見舞いに行ってやってくれよ」
「そりゃー…もちろんそのつもりできたのよ、私は。シカマルも行くんでしょ?」
「わりぃ。今日はコイツ優先なんでな」
「何よ、ソレ!!」

シカマルは拝むように両手を合わせた後、テマリに素早く目配せをした。
次の瞬間、二人はいのの前からかき消すように消えた。
次にいのが二人を見つけたのは近くの民家の屋根の上で…彼らはこちらを振り向く様子はなく、あっという間に遠ざかっていく。
いのは信じられないといった顔でその場に呆然と立ち尽くしていた。










「何処へ案内すればいいんだ?」

あまり嬉しくないことだが…シカマルはいののおかげで年頃の少女が好む店をことのほか多く把握していた。
きっとテマリの要望には応えることが出来るはずだ。

「お前は普段何をしている?」
「は?オレ?」
「あぁ。お前だ。」
「…そーだな。雲を見てる。」
「面白いのか、ソレ?」
「オレはね」
「じゃあ、そうしよう」

意味がわからないとばかりに自分を凝視するシカマルに、テマリは滅多に見せない年相応の笑顔で問いかけた。

「どっちへ行けばイイ?」







よく来る高台の公園でベンチに座り空を仰ぐ。
いつもと違うことといえば、その隣に女が居ることだ。

「よかったのか?」

テマリの言葉が何を意味しているのか、シカマルは一瞬わからなかった。
それがいののことだと思い当たるとピクリとこめかみが引きつる。

「なんとかなるさ…多分」

自分の行動に一番びっくりしているのは間違いなくこのオレだ。
いのの機嫌を取るには餡蜜10杯は間逃れないと断言できる。
それでも綱手に頼まれたからというたけではなく…自分がそうしたかったのだからしょうがないだろ?

…めんどくせぇけど。

ぼんやりと流れる雲を目で追う。
日が傾いてきた。
そろそろ帰らなければ夕飯に間に合わない。

「アレは何だ?」

所々湯気が立ち上る小さな煙突を指してテマリが問いかけた。
目を細めて見ると、その下にはシカマルにとって馴染みのある浅黄色の暖簾が揺れている。
親友の、チョウジの好物の一つ…

「温泉饅頭」
「…美味いのか?」

明らかに興味を持っているのがわかった。
そんなテマリに苦笑しながら…シカマルはゆっくりと立ち上がる。

「買ってやるよ。ただし、食うのは夕飯の後だぜ?」

そう言って、自然とテマリへ差し出してしまった手。
慌てたシカマルが引っ込める前にテマリがその手を取った。

「私はお前の家を知らない。迷子になっては困るからな」
「お、おぅ」

お互いの顔が赤いのは夕焼けのせいだと決め込んで、二人は俯いて歩き出した。












所狭しと次々に並べられる料理を眺めながらシカクは息子の帰りを待っていた。
正確に言えば息子とテマリという少女を。

いのちゃんとテマリちゃんか…
…どっちもイイな。

悲しいかな、自分の息子がモテる方でないことをシカクは知っている。
面倒くさがりで…そういった努力をする息子でないことも。
となれば、傍目から見て息子に好意的なこの二人の女の子以外、シカクは考えられなかった。

「ぼーっとしてるだけなら手伝って頂戴!」
「あいよ」

フライパンを片手に現れた妻の指示のもと、食器棚から皿を取り出しながら…シカクは真面目な顔で妻に語りかけた。

「母ちゃん…」
「何よ?」
「今日はシカマルのために頑張ってくれ」
「…頑張ってるでしょーがッッ!見てわかんないの?!」

空になったフライパンで容赦なく頭を叩かれる。
その音と重なるようにして玄関の呼び鈴が鳴った。
多分息子とテマリの帰宅だ。
妻がエプロンを外して慌てて玄関へと向かった。

二人のうち、どちらか。
どちらかが息子の未来の嫁だな。

シカクはにやりと笑う。
それは彼の予感…いや、願望だった。










チンピラって…アンタ(爆)
以前書きかけていたものを手直ししました。(アニキ…やっと書いたよ、シカテマ)
サスケを奪回できずに帰ってきトコロからの妄想ですので…
病院でシカマルが泣いた(笑)場面を思い出して読んで頂けたら幸いデス。
だって頂いた早ジャン報告によるとテマシカなんだもの。
意外に好きなカプリングです。

2005.02.13
まゆ


2008.11.02 改訂
まゆ