せんたくもの 木の葉病院の面接時間は午前九時から午後九時。 サクラは一日の大半をそこで過ごす。 何もしてあげられることはないけれど…目が覚めたとき、傍にいてあげたくて。 一番に逢いたくて。 …サスケくんに。 家と病院とを何度も往復しながら、その合間を見繕って…サクラは『洗濯』をする。 「たかだか二人の賊にやられるとはお前も人の子だねぇ…天才だと思ってたけど」 ゆっくりと身体を起こしたカカシに、呆れた口調の懐かしい声が降り注いだ。 そんな違和感も気にとめず、カカシはきょろきょろと辺りを見回す。 「……サクラは?」 「は?」 「サクラは…ドコ?」 きちんと治したつもりだが…頭でも打ってたか? 「サクラは…」 壊れた人形のようにただ繰り返すカカシ。 綱手は自分がカカシの視界に入ってないことに気付き、握り締めた拳を容赦なくその銀色の頭に振り下ろした。 ゴンというかなり大きな鈍い音に、部屋の隅に居たシズネが首を竦ませる。 「馬鹿者!今は桜の季節ではない!!」 「あ。綱手…さ……」 やっと綱手へと顔を向けたカカシはその背後にガイと見知らぬ女…多分、綱手の弟子だろう…を見とめた。 が、それも一瞬のこと。 「春野なら、うちはサスケのところに居たぞ」 「!!」 ガイの言葉に掛け布団を跳ね除けたカカシはすぐさま床に足を着ける。 しかし、立ち上がったところを素早く綱手に足払いをみまわれ…カカシはあっけなくベッドの上へと逆戻りするハメとなった。 「お前…治してやったのに一言の挨拶もナシかい?」 「そんなもの、後で何度でも言いますよ。邪魔しないでください!とにかく今はサクラの所へ…」 また『サクラ』か… こいつ、こんなキャラだったっけ? 沈着冷静、必要とあれば非情な判断も厭わない少々生意気な天才忍者。 それが綱手のカカシに対する認識だった。 ところがどうなんだ、この呆気っぷりは? カカシに聞いてもらちが明かないと判断した綱手はガイヘ問いただしげに視線を仰ぐ。 「春野サクラ…先ほど綱手様の治療を受けたうちはサスケの病室にいた少女のことですよ」 「あぁ!!あの桃色の髪の!可愛い子だったね。…で、その子とコイツ、どんな関係があるっていうんだ?」 「うずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラの三名がカカシの担当の下忍です」 「担当の下忍?てことは、教え子か」 それにしては、異常な執着ぶりだな。 「違ーうよ。サクラはオレの嫁さん」 「…何?」 「嫁さん。になる予定の人」 「…」 綱手が返す言葉もなく唖然とカカシを見つめる隣で、ガイはまた始まったとばかりにその太い眉を寄せた。 「綱手様、そんな奴相手にしなくて結構ですから。それより早く…」 ガイの言葉が終わりきらぬ前に、部屋にいた全員が春の木漏れ日のような柔らかい気配が近づいてくるのに気付く。 それはぴたりとカカシの部屋の前で止まった。 「先生?」 遠慮がちのノックの後、僅かに開いたドアの隙間から薄紅の頭がひょっこりと顔を覗かせる。 そう広くない部屋をぐるりと見回して目的の人物を発見するとサクラは嬉しそうな声を上げた。 「あ!やっぱり綱手様!!玄関に靴が沢山あったから、もしかしてって思ってたの!!」 「また逢ったね。コイツに何か用かい?」 「いえ、大した用では…」 「サクラ!!!」 自分の身体を押さえ込んでいた綱手の手を跳ね除けて、カカシが上体を起こす。 久しぶりに聞く声にサクラもほっとした笑顔を見せた。 「先生も治してもらったの?良かった!」 「もう大丈夫だよー」 「本当?」 「サクラが傍にいてくれるのに寝てるなんて勿体無いッ!」 「はいはい。さっきまで意識も戻ってなかったクセしてよく言うわね」 サクラに軽くあしらわれているカカシはまるっきり子供のように見える。 これでは、どちらが大人かわからない。 「まだ今日一日ぐらいは寝ていた方がいい」 綱手は放って置くと間違いなく起き上がり、金魚のフンの如くサクラに付き纏うであろうカカシに忠告を促した。 「…そうですよね。解りました」 カカシではなく、少しトーンの落ちた声でサクラが返事を返す。 もう治ったと主張するカカシの声は綱手とサクラ、その二人からまるっきり相手にされなかった。 逆に睨まれ、ベッドの上で小さくなる。 サクラはタンスに近づくと、迷うことなくその上から三段目の引き出しを開け、新しいシャツを取り出した。 「寝る前に着替えてよ、先生。それから…」 カカシにシャツを手渡しながらテキパキと指示を出す。 良く言いつけを守る子供のようにサクラの言葉に頷くカカシを、綱手は信じられないものを見ているような…怪訝な瞳で見つめていた。 「今日の分はもう洗濯しちゃったから、こっちは明日ね。あ、もう脱水が終わってる頃だわ!」 チラリと時計に目をやってサクラがカカシを急かす。 「ホラホラ、着替えが終わったらちゃんと寝てて。私、せんたくもの干してくるし」 カカシを布団へと押し戻し、フワリと掛け布団をかけてから脱ぎ散らかした服を拾う。 それでは…と、カカシ以外の人達にぺこりと頭を下げていそいそと部屋を出で行くサクラは、部屋の入り口で再び振り返った。 「綱手様、先生とサスケくんを治してくれて本当に有難う御座いました!」 「しっかりした娘だな。良い母となるだろう」 サクラが姿を消したドアを見つめ、綱手が呟く。 どうやらいたくお気に召したようだ。 「デショ?」 カカシの浮かべた満面の笑みは部下を褒められたときのソレではなく、明らかに別の感情が入り混じっている。 「…お前、気でも狂ったのかい?」 「至って正常ですよ。サクラには狂ってますが」 真面目な顔をしてキッパリと言い切る。 悪びれるふうもなく、常識など何処吹く風だ。 「サスケになんて渡しませんよ。サクラもすぐに本物の恋に気付くはずだから」 「それがお前だと言うのかい?カカシ…そんなことありえるハズないだろう。自分の歳を考えな!なに夢みたいなことを言ってるんだ?」 「夢…ね。オレの先生は、諦めることさえしなければ夢は必ず叶うと教えてくれましたからねぇ」 綱手はカカシが『先生』と称した男の顔を思い浮かべた。 難なく思い出せる、若くしてその生涯を閉じた里の英雄。 自分を再び木の葉の里へと導いたナルトと同じ意思の強いその瞳。 いや、『ナルトと同じ』では無く…ナルトがアレに似てきたってところか。 懐かしさと寂しさに目を細めた綱手は再びカカシの言葉で現実に引き戻された。 「だから今がどうあれ…オレはサクラを諦めないの。絶対に」 「…思い込みもいい加減にしなよ、カカシ」 「賭けますか?サクラが最後に選ぶのはオレかサスケか…勝負になるとは思いませんがね」 挑戦的なカカシの物言いが綱手の賭け事好きな性格に火をつける。 にやりと笑った後、綱手は身を乗り出して言葉を返した。 「いいだろう。で、何を賭ける?金か?酒か?」 「そうですねぇ……」 またいつもの悪い癖がはじまった…と、シズネは肩をすくめて外を見やった。 こうなったら止めても無駄なのよね。 あれほど賭け事はやめてくださいって注意してるのに! 綱手様ったら私の言うことに全く耳を貸さないんだもの。 …あ、サクラちゃん。 大きな籠を抱えてよたよたと歩く薄紅の少女がシズネの視界に入ってくる。 やがてサクラと呼ばれたその少女は物干し台の前で籠を下ろし、手に取ったシーツを背伸びして干し始めた。 少女の手に余る大きなシーツは風にあおられ、干すのにも一苦労の様だ。 今度ばかりは綱手様の勝ちだろうなぁ。 だって病院でのあの子の涙は紛れもなく好きな男のためのものだったし。 こんなに年の離れた男は彼女の恋愛対象外じゃないかな? いくら頑張っても無駄な気がしますー。 チラリとベッドの上のカカシを盗み見て、シズネは自分の考えにウンウンと頷きながら再び視界を元に戻す。 窓の外では、やっとのことでシーツを洗濯バサミで止め終えたサクラが腰に手を当てて満足そうにそれを眺めていた。 そして、次に足元の籠から取り出したものは… 下着?! 少女は何の躊躇もなく男物のトランクスを目の前で広げ、パンパンと軽くシワを伸ばしてからシーツの隣に干している。 恥らう様子もないところを見ると、こういうことは初めてではないらしい。 堂に入ってるサクラのその姿にシズネは声にならない叫び声を上げた。 あひィー!! これは…ひょっとして、ひょっとするかもしれないッッ カカシに圧倒的に分が悪いと思われたこの賭けも、現時点で、シズネの目には五分五分と映った。 いや、それどころか…彼の頑張り次第で立場が逆転することも十分に有り得るのではないか? だって…嫌いな男の下着を進んで洗濯する女などいやしないのだから。 …綱手様。 今回もまたカモられ…… シズネがそっと溜息をついた時、今まで沈黙を守っていた黒い影もとうとう業を煮やしたようだ。 未だ賭けるモノを決めかねているカカシと綱手の間に割って入った『木の葉の気高き碧い猛獣』こと、マイト・ガイが大声で叫ぶ。 「こんな奴のことより、次は我が弟子、リーを見てやって下さい!!早く!!!」 あとがきもどき #28。 読んだ瞬間、私の中で繰り広げられた妄想です。(笑) あのワンカットに全てが凝縮〜 なるべく本誌の流れに沿って無理なくカカサクってみました☆ カカサクサイトとしましては、あのラブいサスサクに対抗すべく・・・キッシーに挑戦状を叩きつけるしかないでショ?(オイオイ) れお様 参加する意気込みだけで、こんなものを送りつけてスミマセン。 いや、マジで。 リレーは弾けさせてもらいますからッッ フフ。 覚悟して置いてください! まゆ 2008.11.16 改訂 まゆ |