lighthouse −私は此処に居る−




どんな暗闇だって、私は照らしてみせるから…

だから見失わないで。
だから、忘れないで。

此処がサスケくんの故郷。



貴方についていくことを許されなかった私の…唯一、貴方のために出来ること。












肌を撫でる風の冷たさに、サクラは目を覚ました。
ゆらりゆらりと揺れる浮遊感が心地よく…再び瞳を閉じかけ、慌てて頭を持ち上げる。

視界の違和感。

そのくすんだ銀色には十分に見覚えがあったが、実際こんなに間近で見たのは初めてだ。
続けて肌の色を見つけて、サクラはそれが首だと判断。
自分はカカシの背におぶわれていると理解した。

「…先生?」

大きな背の上で、サクラはカカシの身体がぴくりと強張るのを感じた。
そして何故か一言『ヤバイ』と呟くのが聞こえ…サクラはその細い眉を顰める。

…ヤバイ?

「…アンタ、誰?」
「カカシ先生ダヨー」

ますますもって怪しい返事に、サクラは腕を素早くその首へと回すと容赦なく締め上げた。

「誰?!」
「カ…カシ…の、影……分身、デ…ス」
「証拠は?ナルトを何処へやったの?私をどうするつもり?!」

矢次のように質問され、カカシの影分身は肩を落とした。

「アイツ(本体)…信用されてないのネ」
「私が信用していないのはアンタの存在よ!カカシ先生じゃないわ」
「はいはい。そーですか」
「質問に答えて!」
「証拠は…サクラが羽織ってるベストでどう?ソレ、アイツ(本体)のだから」

片手で首を絞めたまま、サクラは胸のホルダーを探った。
右の1つに口寄せの巻物を見つけ、中を確認する。
確かにそれはカカシのモノだった。

「…ナルトは?」
「あの子は熱が出ててネ。アイツ(本体)が病院へつれてったヨ。で、オレはサクラを家まで送り届けるように頼まれたってワケ」

自分を背負っている男がカカシの影分身だというのは間違いなさそうだ。
絞めていた腕をゆっくりと解きつつ、サクラは言葉を続けた。

「何が『ヤバイ』のよ?」
「…オレ、アイツ(本体)からサクラが目を覚まさないようにそっと運べって言われてたの。サクラが起きたのがバレたら怒られちゃうデショ?」

くだらない事を言う。
さすがカカシの影分身だ。
もう疑いようは無い。
サクラは警戒心を放り出し、涙でかさついた頬を無意識に袖口で拭った。

思えばカカシとも久しく顔を逢わせていない。
しかし、彼なら…カカシならきっと今の自分に必要な言葉をくれるはずだとサクラは思った。

ナルトでも駄目だったなんて…
もう、私…どうしていいかわからない。
……わからないのよ。

「私を先生の所へ運んで」
「イヤ、それは…」

カカシの影分身は駄目だと言いかけて、口を噤んだ。
再び自分の首に白い頼りなげな腕が絡みつき…締め上げようとする、そんな気配を感じたから。










「お前、何やってんの」

それは影分身に向かって発せられた言葉だった。
木の葉病院の集中治療室の前。
今しがたナルトを運び込んだところだ。
そんなカカシの目の前に、背にはまだサクラを乗せたままの彼が…カカシの影分身が現れ、片手を上げた。

「よ!」
「…よ、じゃないデショ。オレは家に送り届けろと言わなかったか?」
「だって…サクラがオマエの所へ連れてけって言うから、さ」

我ながら使えない奴だとカカシは肩を落とした。
いや、自分の分身だからしょうがないのか。
サクラに…自分が最も大事に想っている少女の頼みに、『オレ』が逆らえるはずもない。

「じゃ、後はヨロシクー」
「あぁ」

カカシが近づき手を翳すと影分身は姿を消した。
身体を支えていたモノが急に無くなり落下するサクラを、床すれすれでカカシが抱きとめる。
いきなりの事にサクラは悲鳴を上げる暇もなかった。

「久しぶりだね、サクラ」
「…」

ゆっくりと降ろされ、つま先が床に触れる。
踵までしっかりと着地するのを見届けてからカカシはサクラの身体から手を離した。

「…ナルトは?」
「少し熱が上がってただけだよ」
「ごめんなさい。…私のせいね。すぐに病院へ連れ戻すべきだったのに…」

カカシは無言でかぶりを振った。
それを言うなら黙って抜け出したナルトが一番悪いと言いたげに。
そして両手でサクラの頬を支え、顔を覗き込む。
エメラルドの瞳に、みるみるうちに涙が盛り上がるのがはっきりと見えた。

「ココが、痛いの」

胸元で忍服を握り締めるサクラの手が僅かに震えている。
カカシはその背に手を回し、子供をあやす様に優しく擦った。

「助けてよ、先生。私、どうしたらいい?」
「…サスケは回り道をしてる」

サクラの枯れる事のない涙が小さな顎の先から床へと落ち…小さな染みを作る。
縋りついた目の前の人物の、低く静かな声がサクラの耳に届いた。

「すごく大きな遠回りだ」

しかし、ここまでくればやりたいようにやらせてやるのが一番良いのではないかとカカシは思う。
納得しなければ強引に引き止めたとて同じことを繰り返すに違いない。
ナルトでも駄目だった説得に、オレが役に立てる可能性は薄いだろう。
自分を見上げるサクラに、カカシは重ねて言葉を続けた。

「その回り道が…サスケにとって意味のあるものになればいいと思ってるよ」

サスケは最も辛く険しい道を選んでしまった。
そこまで追い込まれていたサスケの気持ちを汲んでやることが出来ずにいた自分は教師失格だ。
どんな言い訳もしたくはない。
もし、サスケに追い忍が放たれるなら…
無論それはオレの役目だろう。

カカシは暗部に戻ることも視野に入れつつ、それでも前向きな…希望ともいえる台詞を口にする。

「アイツならちゃんと帰ってくるさ。やるべきことを全て終えたら…そのうち、ひょっこりね」
「…そうだと、いいな」

やるべきこととは何なのか。
考えたくないことには瞳を背けて、サクラはカカシに濡れた頬を猫のように摺り寄せた。
そんな彼女の髪を片手で梳きながら、カカシが腰を屈め…視線を合わせて優しく問いかける。

「サスケがサクラを連れて行かなかったのはどうしてだと思う?」
「…わかんない。邪魔だからじゃないの?」

サクラの拗ねたような口ぶりにカカシははははと笑った。

「それは違うと思うね。自覚がなくともアイツはちゃんと理解してるんだ」
「先生…?」
「サクラ、お前は昔も今も七班のよりどころなの。…皆の還る場所なんだよ」

大きな羽を持つ人はそう言って、私の額にキスをした。



羽。

それは、ナルトやサスケくんやカカシ先生が持ってて、私が持たないもの。
彼らの還る場所が『私』だと言うなら…
どんなに望んでも得られない羽を欲しがるのはもう止めよう。
その代わり何処からでもわかるように、出来るだけ強い光で輝くのだ。
サスケくんが戻る場所を間違えないように。
強い強い引力で。
私は此処にいると…



「…私は此処で待てばいいのね?」
「サクラはサクラのままでね」

置いていかれたわけじゃない。
これが自分の役目なのだと自然にそう思える。
自分の進む道を気付かせてくれたカカシに、サクラはここ一番の笑顔を見せた。



涙はじきに乾く。

さあ、前へ進もう。









この後、綱手様に弟子入り…つうことで。(笑)
lighthouse…灯台の意

2004.10.24
まゆ



2008.11.16 改訂
まゆ