キミがいるから




「はぁー…」

もう何度目かになる溜息に、サクラは眉を顰めた。
誰もが忙しいこの状況で暢気に溜息を吐けるこの男が自分の上司だなんて…はっきり言ってがっかりだ。

「外に出てみんなと一緒に復興作業を手伝ったらどうなの」
「んー…」

面倒臭いと言いかけて「だってほら、オレって生き返ったばっかりだし」と言い直す。
ホントに先生ときたら…

「ぴんぴんしてるじゃない」
「おかげさまで、ね」
「…ナルトのおかげでしょ」

声が冷たくなるのは否めない。
悔しいことに自分はカカシが死んだ経緯も…そして、ナルトがどんな交渉をして失われた命を取り戻したのかも知らない。
聞けば教えてくれるのだろうがそれも癪だった。

「そんなことなーいよ」

間の抜けた、声。
だけど暖かなそれにサクラは医療道具の整理をしていた手を止めた。

「サクラがいるから戻ってきたんだよ、オレは」

真摯な眼差しはサクラだけを見つめている。
簡素な医療テントの中には二人しかいない。
今まで感じたことのない感情に心がざわつき…サクラを落ち着かなくさせた。

「な、なに言ってるのよ!」
「ホントだもん」
「先生!!」

堪らず上げた大声に、カカシはやれやれというふうに肩を竦めた。

「死は突然だったけど覚悟が無かったわけじゃない…それにオレはそろそろお役御免だろう?」

受け持った唯一の部下は三人とも…いや、一人は軌道修正が必要だが…それでも名を残す忍びになったことは疑いようがない。
『先生』としてはこれ以上にない結果だし、満足もしている。
心残りがあるとすれば…それはカカシ自身に芽生え始めていた淡い恋心だけだったのだ。

「先生…?」

暫くの沈黙にサクラは急に不安になった。
入り口を覆う垂れ幕が風に揺れ、隙間から差し込む光がカカシを照らす。
逆光でおぼろげになる輪郭にこのままカカシが消えそうで…サクラは慌てて手を伸ばした。

「積極的だねぇ」

サクラが伸ばした両手は予想に反して素肌に触れていた。
いつの間にか引き下ろされていた面布、そこに現れた薄い唇。
何度見ても整った顔立ちだ。
サクラの頬が赤く染まり頬に触れた彼女の両手が離れる前にカカシは素早く前に屈み込んだ。

「…え?」

一瞬、ひんやりとしたものがおでこに押し付けられ…更に鼻先をぺろりとくすぐる様に何かが掠める。
それがカカシの唇と舌だと気付くや否やサクラは反射的に両手を離し、そしてまた同じ場所へと勢い良く戻した。
ばちんと頬を打ち付ける音に止まっていた時が動き出す。

「な…何してくれちゃってるのよ?先生!!」
「何って…あいさつだよ。これからもよろしく的な?」
「はい?!」
「オレ、第二の人生は恋に生きるって決めたから」

意味深に笑うカカシに見とれるのも束の間、サクラは徐々に赤みを増す彼の頬に思わず噴き出した。

「あはは!ヤダ、先生…手形がくっきり!」

テントの外は見るも無残な木の葉の町が広がっている。
怪我人だって大勢だ。
まだ何も問題は解決していなくて…また今回のような状況に陥らないとは限らない。
それでもサクラさえ無事でいてくれたらオレは何度でも立ち上がれるだろう。
いつかちゃんとこの気持ちが伝わればいいと願いながらカカシは面布を引き上げた。

「そうやって笑ってろ」
「へ?」

笑いすぎて零れる目じりの涙を拭っているサクラの頭をカカシはくしゅくしゅとかき混ぜてそのままテントの外へと出て行く。

「…何だったのかしら、アレ」

生き返ったカカシは以前と同じようで…どこか違って見えた。
彼の起こす行動にドキドキと時折早く刻む鼓動は何を意味しているのか?
サクラはカカシの消えたテントの入口を見つめたまま無意識のうちにおでこに手を触れた。






カカシ生き返り直後ぐらい。
今更何だけどファイル整理してたら出てきたんでUPしてみます(笑)


2010.06.28
まゆ