喧嘩は
自分が甘えたいヒト
自分の理解を教えたいヒト
間違っても諦めないで見守ってくれるヒト、と。

                                                           Hate tell a lie



喧嘩



ピンホーン。
遠慮がちになる呼び鈴に、紅は口を付けかけたコーヒーカップをテーブルに戻した。

   誰よ、もう!!

出るべきか、迷う。
だって、今日は久しぶりの休日で。最愛のヒトと一緒に穏やかな時間を過ごしているというのに。

   邪魔なのよ!!

しかし、紅の心の叫びもむなしく
最愛のヒトは『お客様みたいですよ?』と、軽く促した。

   しょうがないわ

しぶしぶ席を立ち、玄関へと向かう・・・その前に。
「少し待ってて、イルカ」
愛しいヒトを背中からぎゅっと抱きしめて、耳元で囁いた。





「サクラちゃん・・・」
玄関を開けるとサクラが俯いて立っていた。
翡翠色の瞳には今にもこぼれ落ちそうな雫が溜まっていて・・・
「紅せんせぇ・・・」

   うーん、懐かれちゃったな。またアイツとケンカしたのね・・・

紅はカカシとサクラが付き合っていることを知っている数少ない人間だった。
馬鹿な男に引っかかって・・・ 正直、そう思う。

「サクラか?」
聞き覚えのある声に、部屋の奥からイルカが顔を出した。
「!?」
サクラは思ってもいない所で、思ってもない人を見たものだから咄嗟に言葉が出てこない。
涙をためたままの瞳が更に大きくなっただけ。

   紅先生の言ってた恋人ってイルカ先生だったのー?!
   付き合っている人がいるって聞いてたケド・・・以外っていうかー・・・アスマ先生だって思ってたわ・・・

紅とイルカの場合、人に隠れて付き合っているわけではなかったのだが、上忍と中忍ではなかなか休みが合わなくて普通の恋人同士がするようなデートは無縁のモノだった・・・
お陰でこちらのカップルも里ではあまり知られていない。

イルカ先生の突然の登場に固まっていたサクラも、自分が邪魔をしてしまったことにすぐに気が付いた。
「あ・・あのぅ・・ごめんなさい。私、帰ります。」
踵を返して走り去ろうとしたサクラの腕を紅がしっかりと掴んだ。
「お茶を飲んでたのよ・・サクラも一緒に、ね。」





「サクラちゃんはコーヒー大丈夫?」
「あ・・・はい。」

   ・・・結局、部屋に上がりこんでしまった。一応、遠慮したのだけれど。
   それにしても・・・。

紅先生に差し出されたカップを受け取りながら、上目遣いでじっとイルカ先生を見ていた。
「何だよ、サクラ。先生の顔、ヘンか?」
気恥ずかしいのか、少し赤い顔で鼻の頭をポリポリと掻きながら尋ねルイルカを無視し、サクラは逆に聞き返す。
「ねっ、先生達に聞いてもいい?」
「・・・何?」
「いつから付き合ってるの?どっちが告白したの?結婚はしないの?」

先ほどまで瞳に溜まっていた雫は何処へいったのやら・・・嬉々として立て続けに出される質問。
女の子というものは、この手のネタは見逃さない。

苦笑している紅の隣で、真っ赤になってどもるイルカ。
「けっ、けっこん・・・」
「ねえ、ねえ、ねえ!教えてよー。センセ。」
「うっ・・・、あの、えっと・・・」
あせるイルカに紅が助け舟を出した。
「そんなことより、サクラちゃん。何か相談があったんじゃない?」
そう言われて自分がどうして此処に着たのか思い出して顔が曇る。
「喧嘩、したの・・・」

   やっぱりね。それにしても、あの写輪眼のカカシ相手にどんな喧嘩するのかしら?私にはそんな勇気ないわよ?

それで?、と先を促すように紅は頷いた。
「先生たちも沢山喧嘩する?」
「どうした、サクラ。友達と喧嘩したのか?」
「あ、うん・・でも友達じゃ・・・」
「サクラちゃんには2ヶ月ほど前に彼氏が出来たのよ。」
紅が言いよどむサクラの後をさりげなく続けた。
「サクラに彼氏!?ナルト、のワケないよなー。もしかして、サスケか??」
一回り以上も歳の離れた<彼氏>に迷惑が掛からないよう、サクラは寂しそうに微笑んだのだけれど・・・イルカは勝手に誤解したようで話を進める。
「付き合って2ヶ月じゃ、喧嘩もするだろう?むしろ、良い事だと思うよ?」
「良い事?」
「そうさ。例えば、サクラがサスケに対して怒るときはどうか、考えてごらん。」

   イルカ先生、完璧に誤解してる・・・ごめんね?

サクラは心の中で謝ると、イルカの質問について考える。
   ・・・・怒るとき、嫌な気分になるとき、寂しい気分になるとき・・・・

「自分と意見や考え方が違うからかなぁ・・・?どうして解ってくれないの?って思っちゃう。」
「そうだろ?喧嘩は自分という人間を相手に理解してらう為にするんだよ。好きな人ならば特に解って貰いたいし、その人のことも解ってあげたいだろう?」
「そうね、そうやってずっと付き合っていければ、私達みたいに喧嘩なんてしなくなるわよ?」
そういうと紅は隣に座っているイルカの首に両腕を絡ませ頬に軽いキスをした。
「な・・何するんですか!!サクラの見てる前でっっ。」
真っ赤になり叫ぶイルカの声と重なって、また呼び鈴が鳴る。

ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン・・・・

出るまでは止まりそうにない。

   ・・・なんだか、嫌な予感がするわ・・・





ドア一枚隔てた向こう側から唯ならない気配が漂っている。
紅は、用心深くチェーンを外さないまま玄関の戸を透かす様に開けようとした。が、わずかに出来た隙間から手が差し込められ、そのまま勢い良くこじ開けられる。チェーンなんてものは、意味を成さなかった。

「・・・カカシ」

壊されたドアから現れたのは青みががった灰色の髪の男・・・休みの日なので忍服ではなかったが、黒のTシャツにブラックジーンズというその人らしい格好で、普段はほとんど隠されている顔も濃い色のサングラスをかけているだけだった。

「サクラ、いるだろう?」
といいながら、片手で紅を押しのけると靴を脱いでさっさと家へと上がる。
「ち、ちょっと・・・」
サングラスで表情はよく読めなかったけれど、普段見たことのない『カカシ』だった。
人を食ったような、飄々とした所はない。
むしろ、なりふり構わず、だ。

   あのカカシがここまで変わるなんて・・・信じられない。





カカシはリビングでソファーに座っているサクラを見つけて詰め寄り、目線が同じになるようサクラの前に膝を付くと、サングラスを外した。
思った以上に端正な顔が現れる。左右色違いの瞳を見ることは、紅にとっては初めてのことだった。

「サクラ!!探したんだからな。ほら、一緒に帰ろう?」
サクラに向けて手を差し伸べる。カカシの背後ではイルカが持っていたコーヒーカップを落としかけていた。

「折角のお休みなんだからさぁ、こんなトコでお茶してないでもっと他にすることあるでショ?」
「こ、こんなトコって・・・失礼なヤツねっっ!!」
カカシは怒る紅の声も耳に届いてはいないのか、無視して言葉を続ける。
「ねぇ、さくらぁー。帰ろう?」
「ヤ。他にすることなんてないもん!」
「何、言ってんの。さっきの続きは?途中でやめちゃったでショ。」
「せんせぇ、イジワルなんだもの。絶対しない!!」
「絶対って・・・・何でそんなに嫌がるの?」
カカシは肩を落として寂しく尋ねる。受け取られなかった手はそのままサクラの頬に添えられた。
捨てられた子犬のようなすがる瞳・・・これだけで大抵の女の人は落とせるだろう。
実際、サクラもかなりグラっときたのだけれど、ここで丸め込まれてはイケナイ。

   ちゃんと解って貰わなくちゃ、ね。イルカ先生。だってそれが喧嘩の良い所なんでしょ?

「せんせぇ、ああいうのはヤ・・・・」
顔を赤くしながら、それでも真っ直ぐ視線を逸らさずに話すサクラ。
カカシはサクラの言った<ああいうの>が何か判っていたが、あえて判らない振りをしてみせた。
「何のこと?」
「・・・後ろからしたことよ!!だって、お腹にまで凄く圧迫感があって・・・ヘンな感じなの。気持ち良くないの!!」
イジワルなカカシに再び翡翠の瞳には雫が盛り上がり・・・こぼれた。

   ヤバイ。イジメすぎたか?

サクラの頬を愛撫していた右手は顎に添えられ、カカシは顔を近づけると器用に唇で溢れ出る涙を掬い取った。
「オレは後ろからも好きなんだけど?サクラはいつもとは違った角度で当たるから違和感あんのかなぁ、やっぱり。」
「・・うっ・・ひ・っっく・・だ・・だって。せん・せぇの顔も見えな・・いんだも・・怖いの・・」
サクラのかわいい言葉に、<慣れれば良くなるのに>なんて考えてた自分がなんだか情けなくて。
カカシは覆い被さるようにサクラをぎゅっと抱きしめ、耳元で囁いた。
「さくらぁ、イジワルしてごめんね?・・後ろからはやんない。オレだってサクラのイク顔、見ていたいし。だから、一緒に帰ろう?!」
抱きしめる腕に少し力を入れる。カカシの肩に載せられていたサクラの頭がコクン、と頷いた。





「はいはいはい、仲直り出来たのなら二人とも帰ってくれるー?私達にとっても貴重な休みの日なんですからね!」

胸の前で腕を組み、壁にもたれた姿勢のままずっと事の成り行きを見ていた紅は、それだけ言うとイビツに傾いた玄関の扉を指差した。
「邪魔した・・・」
それだけ言い、カカシはサクラを壊れ物を扱うようにそっと抱き上げるとゆっくり振り返った。っと・・・

「アレ?イルカ先生??」

   ・・・今頃気付いたの?ホント、サクラのことになると周りが見えなくなるみたいね。

「もしかして、サクラの彼氏って・・・」
「あっ、オレです。」
あっさりそう言われてしまい・・・二の句も告げれないまま固まるイルカ。
「イルカ先生、じゃぁ、また明日。」
カカシは用は済んだ、と早々に玄関へと向かった・・・





「ち、ちょっと!!イルカ!コーヒーが・・・」

紅の声も聞こえないのか、イルカはピクリとも動かない。
コーヒーカップはとっくに空っぽで、絨毯には茶色のシミができている。

   あーあ・・・お気に入りの絨毯だったのに・・・
   玄関の扉ともどもカカシに弁償させるわ!!

怒りに震える紅に、やっとイルカが声を発した。

「・・・喧嘩の原因って・・・・」
   体位、のことみたいね。

「サクラとカカシ先生の・・・関係って・・・」
   だから、付き合ってるのよ。

「・・・倫理的に・・・・」
   そんなこと、アイツが気にするわけないじゃない。

紅はカカシがどんなヤツか、イルカよりわかっているつもりだ。
そして、あの二人がこれから後の時間をどういう風に過ごすのか容易に想像できた。

   ・・・がんばれ・・・サクラちゃん・・・






<おまけ>

翌朝、あくびをかみ殺しながら受付にいるイルカは、聴きなれた声が喧嘩の仲裁をしているのを聞いた。

   成長したなぁ、ナルトが喧嘩を止めに入るなんて。

だんだん近づいてくる声に喧嘩の主がわかる。

   また、あの二人?!

そう思ったのも束の間、薄紅色の髪をなびかせながら少女が受付へと駆け込んできた。
「イルカせんせぇー、聞いてよっ!」

   どうせ、大したことではないだろう・・・?
   また、Hネタか?!
   ・・・大抵のことでは驚かないぞ!

そう思いながらも、イルカは人好きのする笑顔でサクラを迎えた。

「どうした?」
「マヨネーズ!!」
「はぁ?」
「マヨネーズ、かけたの!納豆に!!」
「・・・・・・・・」
「邪道だわ!」
両手で受付のテーブルをバンバン叩きながら力説しているサクラの背後に、飄々とした足取りでカカシが現れた。

「いいじゃないか、おいしいんだから。」
「普通、かけないわよ!・・・ねっ、イルカ先生!!」

   やっぱり、大したことじゃないな・・・・

「・・・そーだなぁ・・・」
イルカは曖昧な返事を返した・・・・







2001.12.02
まゆ