夏の終わりに線香花火




電柱に貼られたポスターは昨日の雨に濡れてシワシワで、捲れ上がった端は時折風にはためいている。
その前に少女が一人。
恨めしそうにポスターを見入っていた。

深い紺色をベースに、鮮やかな花が咲いているようなイラストの端には8月30日と記してある。
今からちょうど3日前。
その日付は木の葉の里恒例の花火大会のものだった。

「はぁー…」

少女が大きな溜息を吐く。
彼女は花火大会をとても楽しみにしていたのだ。
浴衣だって、新調した。

今年は…今年こそはサスケくんと見れると思ったのに。

同じ班という強みを生かして、少し強引にでも誘ってみるつもりだった。
二人が駄目ならナルトも誘えばいい。
最悪、カカシも呼び出せば何とかなると高をくくっていたサクラだが…しかし彼女は肝心なことを忘れていた。

任務。

そう、任務だ。
忍びに確実な休みなんてあるわけがない。
案の定、8月30日は任務(しかも里外の)となり、更に言えば帰宅は深夜になった。
花火を見ることが出来ず残念がっていたのはナルトだけで、サスケくんもカカシ先生もさして気に止めた様子ではなかったため、サクラも曖昧にその場をにごしたのだが内心どんなに悔しく思っていたことか。

怒りをぶつける先は何処にも無く、サクラはその電柱を一蹴して気を紛らわせてから家路についた。



そんなサクラの後姿を狭い路地から見ていた者がいる。
額当てで左の瞳を隠し、面布で口元を覆った見るからに怪しい上忍、はたけカカシ。
カカシはまだまだ子供っぽいサクラの行動に微笑ましさを感じながらぼそりと呟いた。

「可愛いサクラちゃんのために、一肌脱ぎますか」










「サスケ。これ、サクラに持っていってやれ」
「なんでオレが…」
「いいから、行け」

サスケは無理やり押し付けるようにして手渡された線香花火の束を暫く見つめていたが、諦めたようにサクラの元へと歩いていった。
少し離れた場所ではナルトが最後の打ち上げ花火に火を点けようとしている。
シュッという音と共に小さな火柱が上がり、はしゃぐナルトにカカシもつられて笑みを浮かべた。
さすがあの人の子供だと思う。
自分に与えられた負の境遇を跳ね返す力も…そして共に運命を切り開く仲間にも恵まれている。
この調子だとカカシの指導者としての役目も割合楽そうだ。

「カカシ先生、花火もう無いの?」
「ないよ。後は線香花火だけ。ほら」

駆け寄ってきたナルトにサスケに渡したものと同じ線香花火の束を差し出す。

「ちぇ。これって地味だから好きじゃないんだってばよ」
「そうか?サクラは好きそうだぞ。向こうでサスケとやってるから…」
「サスケ!抜け駆けすんなッ」

カカシの言葉を最後まで聞くことなく、ナルトは駆けていく。
サクラといい、ナルトといい…本当に可愛い。

サスケは、と……

三人の中で最もひねくれた少年の背中をカカシは目を細めて見やる。
そこへナルトが飛び込んだ。





他の花火と違い、火が付いたからといって迂闊に動けない。
そんなことをしたらせっかく出来た玉が落ちてしまう。
蝋燭の前にしゃがみこんだまま、サスケは居心地悪そうに散り始めた細い火花に視線を落とした。

「牡丹、松葉、柳、散り菊」

呪文のようにサクラが呟く。
浴衣をきているせいだろうか…?
いつものような騒々しさからは無縁の少女がそこに居た。

「なんだ、ソレ?」
「線香花火の燃える様子をそう言うんだって」
「ふぅん」

会話は続かない。
ぱちぱちと花火の弾ける音が二人の間に響いた。
やがて紅い球がぽとりと落ちて終焉を迎えたが…サスケは立ち上がることなく二つ目の線香花火に火を点けた。
自分らしくない行動に驚いたのはサクラも同じだったようで大きな瞳をさらに大きくしてこっちを見ている。

「なんだよ…?」
「あ…うん。どっか行っちゃうかと思ったから……」

ありがとう、一緒に居てくれて。

サクラの…声にはならない想いが届く。
サスケが恥ずかしそうに目を伏せた時、背中をおもいきり突き飛ばされた。
こんなことをするのはアイツしかいない。
これからだったはずの線香花火の火球は無残にも地面に落ち、手にはただのこよりが揺れている。

…せっかくイイ気分だったのに。

サスケは振り向いて叫んだ。

「ナルト!」





「ねぇ、先生」
「んー?」
「今日は花火に誘ってくれてありがとう」
「…どういたしまして」

初めて会った時は胡散臭いとしか思えなかった男はとても良い『先生』だった。
優しくて、強い。
そして信用に足る大人…それが存外少ないことをサクラは子供特有の敏感さで感じ取っていた。

カカシ先生は『当たり』なの。

そう、『大当たり』だ。
サクラはにっこりと微笑んだ。
今日のこの…突然の花火のことだって私の為に違いない。
両手一杯の花火と消火用のバケツを持って玄関に現れたカカシが私の耳元で囁いた言葉は魔法の言葉だったから。

『待ってるから…浴衣を着ておいで。そしてサスケを誘いに行こう。可哀想だからナルトもな』

へへへと照れたようにサクラは笑う。
カカシが一週間ぐらい任務の集合時間に遅れてきても許せそうな気がした。

「そろそろ帰るから二人のケンカを止めてきてくれないか」
「うん。任せといて」

それぐらいお安い御用だとサクラは二人の元へ向かった。
背中の、ふわりと結んだ帯が蝶の羽のように揺れる。

サスケに浴衣姿を見せることが出来て嬉しい。
ついでにナルトとカカシ先生にも。

サクラは来年は絶対自分が皆を誘おうと心に決めた。





「好きな子の笑顔を見るのも一苦労だねぇ」

カカシはサクラの後ろ姿を見送りながらぽつりと呟いた。
今はまだ毛色の違う三匹の子猫がじゃれ合っているようにしか見えない。
この様子だと自分の出番はまだ当分先だろう。

カカシは軽く肩を竦め、苦笑するにとどめた。



それは遠き日の、夏の記憶。







五年ぐらい前の掘り出し物。
一部設定。12歳。仲良し七班てことで。
一応改訂してみたものの…当時の私が何を書きたかったのかは謎。
サスサクにしたかったの?カカサクにしたかったの…?
分かんないからそのまま終了。すまん。

2010.08.15 改訂
まゆ