So what?




「お前ら!明日からの夏休み、受験生としてやるべきことちゃんとわかっているんだろうな?」

教壇の上からクラス全体を見渡しながら久美子は脅しを含んだ声色で語りかけた。
相変わらずの無造作な机の配置に、不揃いの身体の向き。
だからといって話を聞いていないわけじゃないらしく、何処からともなく返事が返ってくる。

「アサガオの観察?」

一斉に笑いが起こった。
いい加減このクラスのノリもわかってきたが…担任の自分は一緒になって笑っている場合じゃない。
学期末テストの点数は沢田を除けばほとんどが地を這うようなものばかりだったのだから。

「…じゃねーだろッッ。勉強しろよ、勉強。夏休みが勝負だぞ」

久美子はがっくりと肩を落として出席簿を手に取った。
先が思いやられる。

でも!
しかーしッッ!!
今日だけは見逃してやる。
なんてったって今夜の飲み会は篠原さんも一緒だもん。

可愛い教え子よ、サラバ!!   

「補習があるヤツはサボらずきちんと来ること!わかったな?じゃあ、解散!!さっさと帰れよー」










ノートパソコン片手に野田が校舎から出てきた。

「何やってんだよ、野田」
「待ちくたびれたっしょ」
「皆そろったことだし、何か喰いに行こうぜ」

一人、職員室に立ち寄った野田を、待っていたクマ達が取り囲む。

「ヤンクミ…今日、合コンらしいよ」
「…合コン?」

真っ先に反応した慎は器用に片方の眉だけをわずかに上げて聞き返した。

「そ。静香ちゃんも一緒なんだよ。…デート、断られちゃった」

…なるほど、ね。
そういう訳かよ。

久美子の態度に違和感を感じていた慎は妙に納得してしまった。
明日から夏休みだっていうのにスネもせず3Dの連中をあっさり開放したのは彼女らしくなかった。
いつものヤンクミなら煩いほど纏わり付いてオレ達の予定を聞いたり、『海に行こう』だの『花火しよう』だのと無理やりイベントを作ったりするはずだから。

間違いなく面子に篠原がいるな…
誰が行かすかつーの。

「ヤンクミのヤツ、また合コンかよ」
「ダセーよな…」
「ま、いいんじゃねぇ?アイツだって必死なんだし」
「んなことより、これからどうする?」
「メシ!」
「クマ…お前、さっき菓子パン食ってたじゃん」
「とりあえずゲーセンか?」

だらだらと歩き始めた仲間の数歩後ろから慎が声を掛けた。

「悪ィ…オレ、用事思い出した。帰る」
「え?オイ、慎!!」
「ちょっと待てって!」

四人が慌てて振り向いた時にはすでに慎との距離は数メートルも離れていて。
最近はナリを潜めていた慎の気ままな個人行動に、四人はただ黙って小さくなっていく黒い学生服の背中を見送った。










「…沢田?」

サブウィンドウに表示されている名前を見て、久美子は慌ててケータイを開く。
すでに乾杯は終わり、運ばれ始めた料理を前に割り箸を手に取ったところだったのに。

何だよ、もう。
今日はやっとの思いで篠原さんの隣の席をゲットしたんだぞ?

久美子はもどかしげに通話ボタンを押すと必要以上の大声で問いかけた。

「誰が揉め事を起こした?!」
「はぁ?何言ってんの、お前」

第一声がソレかよ…

「…違うのか?」
「違う」
「なんだ、焦らすなよ。で?どうした、何か用か?」

先を促す久美子に少しだけ間を空けて慎が口を開く。

「…ちょっと相談あんだけど」
「何?」

沢田が相談なんて珍しい。
ていうか、今までそんなことあっただろうか?
久美子は記憶を思い起こしながら少し不安になってきた。

「電話じゃアレだし…今から会えねぇ?」
「い、今からか?あー…今、な。人と会ってるんだ」

知ってるし。
篠原達と飲んでるんだろ?
だから『今』なんじゃん。

「明日じゃ、駄目かな?」

久美子の妥協案に乗る気は無い。
慎はさりげなく気の引く答えを探して淡々と告げる。

「明日になったらオレの気も変わるかもな」
「へ?」
「…今、本屋。赤本コーナー前」

あ、赤本ー?!
てことは、進路相談…?!

「やっとヤル気になったのか、沢田!!」

長い道のりだった。
これも常日頃からの努力の賜物だよね。
…私の!!

「ヤンクミはドコにいんの?」
「駅前通りの『ムラサキ』っていう店だけど?」
「そこなら知ってる。じゃ、迎えに行くし」

知ってるってお前…居酒屋だぞ、此処は!!
なんで未成年のお前が知ってんだよ…

「いい!お前は来るな。私が今からすぐそっちに行くから。いいか、そこで動かず待ってろッ!」

ぷつりと切れたケータイを眺めつつ、慎が笑う。

「こっちの場所も聞かずに、どうやって来るつもりだよ」

今頃、皆にぺこぺこ頭を下げて侘びいれてるんだろうなと思うと愉快な気分だった。
アルコールが入っているわけでもないのに、滅茶苦茶テンション上がってくる。

顔がニヤけんの、止めらんねぇし。
オレって、ヤバイ?

慎は周りの視線を避けるように俯くと、急ぎ足で店内を出た。
目指すはもちろん……










全力疾走、約五分。
店に到着。
中へ入るべきかと立ち止まった慎の目の前で不意にドアが開いた。

「沢田?!」

出てきたのは目的の女。
だけど…何故か付録付き。

「良かったよ、すれ違いになんなくて」

付録を完全無視してヤンクミに声を掛ける。

「急用って…沢田君のことですか?」
「えぇ、まぁ」

付録…篠原も慎をちらりと一瞥しただけで久美子に向き直った。

「僕が何か手伝えることがあれば…」
「ねぇよ。進路の相談だし」

篠原の問いにすぐさま慎が返答する。
張り詰めた空気を敏感に察したのか…久美子は口を挟めず、二人の間で心配げに慎と篠原の顔を交互に見ているだけだ。

「…こんな時間に?」
「時間なんて関係ないね。」

ヤンクミはオレ達のためなら何時だって何処だって駆けつけてくれる。
特別なの。
そんなこと篠原にだって十分わかっているはずだ。

生徒の立場を利用するのはズルイって?
だからナニ?
知らねぇよ、そんなこと。
欲しけりゃお前も奪いに来ればイイじゃん。
…まぁ、死んでも渡さねぇけどな。

「行こうぜ、ヤンクミ。本屋、閉まっちまう」
「あ…うん」

慎が久美子の腕を強引に引いた。
久美子はその反動でよろめくようにして歩き出す。

「じゃ、スミマセン。この埋め合わせは必ず!!」

諦めきれないのか、久美子が振り返りながら大声で篠原に告げた。





賑やかな繁華街。
二人は人と人の間を縫うようにして進む。
篠原の姿は、きっともう見えない。

埋め合わせ?

「…させるかよ、ばぁーか」

慎は久美子に聞こえないほどの小さい声で呟き、口の端を引きつらせるようにして笑った。










2005.07.23
まゆ