オアシス




この乾いた世界で、唯一…オレ達を潤してくれる場所。






「あ、ヤンクミ」
「何やってんだよー、こんなトコで」

キツイ日差しを避けて体育館の裏へ回り込んだ四人は白のジャージ姿の担任を見つけた。
野田と南がコンビニの袋を片手に嬉しそうに駆け寄る。

「見りゃわかるだろ。昼メシ食ってんの」

自分達を笑顔で迎えるヤンクミに、内田も自然と笑みがこぼれる。
からかい半分に言葉遣いを注意しながらクマと一緒に近づいた。

「仮にも女が『メシ』とか言うな。あと、『食う』もやめろ」
「そ、そうだな。はは」
「てか、ソレ…多くねぇ?相撲取りにでもなるつもりかよ」
「冗談はよせ!実はウチでちょっとした祝い事があってさ…」

何段にも重なったお重を持て余し気味にヤンクミは溜息を吐いた。
テツとミノルが丹精込めて作った弁当だ。
残したくはないのだが……

そんな彼女にとって不意に現れた彼らは救世主だった。
その手にあるコンビニの袋は見えないことにして誘いをかける。

「よかったらお前らも食べないか?昼、まだなんだろう?」
「いいの?」
「あぁ、いいぞ!たんと食べろ。…って、アタシが作ったんじゃないけどな」

「「「「そんなの、見りゃわかるっしょ!」」」」

四人の揃った声に久美子はガックリと肩を落とした。
そして、違和感。
いつもなら更にココで一言、鋭い突込みが入るはずなのだが…それが、無い。
久美子はきょろきょろと辺りを見渡して黒髪の男を探した。

「おい、お前ら。沢田はどうした?」
「んー…まだ教室で寝てるかも」
「いや、この時間だと屋上じゃないの?」
「うん。多分、屋上」
「そっか。じゃ、さ。誰か屋上行って呼んでこいよ。アイツにも食べさせないとな!」
「「えぇーッ?!」」

叫んだのは野田と南。
早速お重から頂戴した巻き寿司を頬張るのに必死なのはクマ。
…内田は無言だった。

「仲間だろ、嫌なのか?」
「寝起き悪ィんだよ、慎は」
「…寝てる途中に起こすと殺気を感じるもんな」

少し低くなったヤンクミの声に、それでも彼らはまだ渋って動かない。
よほど慎が怖いとみえる。
内田は喉の奥で笑った。

確かに、ね。
慎を起こすのはチョット大変だし?
…しゃーねぇか。

「オレが行くよ」

立ち上がり際にエビフライを一つ摘む。
最後の一個。

「あ、ウッチー!それ、オレのッッ!」

狙っていた獲物を横取りされて、野田が抗議の声を上げた。

「うるせぇ。オレは慎を呼びに行くんだ。これは駄賃」
「そうだぞ、野田。我慢しろ。代わりにお前にはコレをやるから」

ヤンクミが箸で挟んで差し出したのはカキのフライ。

「げ。オレ、それ嫌い」
「我侭言うな。好き嫌いは体によくないぞ?」
「そうだ!そうだ!」

参戦した南が背後から野田を羽交い絞めにしたのを、ヤンクミが見逃すハズもなく。
身動きできなくなった野田の口に、ヤンクミは満面の笑みでカキのフライを運ぶ。

「だずげで…」

中々見ものな光景ではあったが…内田は自分に助けを求める野田に軽く手を振り、照りつける太陽を反射する校舎へと向かった。












「慎、ドコだよ?」

屋上の重い鉄のドアを開け、いつも慎が寝転がっているベンチを見る。
そこはもぬけの殻で…代わりに、給水タンクの影の中から人の気配を感じた。
内田は確信を持って一歩を踏み出す。

「寝てたんじゃねぇの、慎」
「…暑くて目が覚めた」

至極当然のことだろう。
てか、こんな所で寝るのが間違ってる。

「オアシスみたいだ」

慎の言葉に耳を疑う。
この蒸されたコンクリートの何処にオアシスがあるというのか。
不信気に眉を顰めた内田に、慎は指で答える。

「…あぁ」

慎が示したのは地上。
内田はもたれていた柵から少しばかり身を乗り出した。
そこに見えたのは…意外にもさっきまで自分が居た場所だった。

「もしかして、アレのこと?」

ヤンクミを中心に集まっている仲間たち。
此処からだと声は聞こえないが、楽しそうな様子は見間違えようがなかった。

「ヤンクミと出会えたことでオレ達の人生は変わった…そうと思わないか?」
「…まぁね」

内田は慎の言葉を肯定した。

オレ達に触れる手は暖かくて。
告げる言葉に建前や打算は無い。
…だから、信じられるんだ。
ヤンクミがいるからオレ達は…今、こうして此処にいる。

「それはそうと…アイツにとってのオアシスって誰かな?篠原?」

内田の素朴な疑問がぽろりと零れた。

「…知らねぇよ。でも…」

口の端を吊り上げた、慎の不敵な笑みに内田は息を呑む。
初めて見る親友の表情。

「もしアイツが泣いたりしたら、オレは何処へだってすぐに駆けつけるし」

慎がゆっくりと顔を上げると、ウッチーが瞳を丸くしてこちらを見ていた。
構わず無視して一人校舎の中へと滑り込む。


「アイツを傷つける奴は誰であろうとオレが絶対に許さねぇから」


すでに内田の視界に親友の姿はない。
呟く様な慎の声だけが無風状態の屋上に溜まって…そして、消えた。











2005.05.07
まゆ